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「赤いワンピースを着た女だ。スマホか何かで、俺らの写真を撮ったんだよ」
二人して固まったまま、しかし目だけは離せない。
『盗撮ってこと……?』
「間違いない。けど普通なら逃げるよな? 見つかっちまったし、何より相手は男二人だしさ」
勝ち目のない相手に犯罪行為を働いておきながら、全く動じる様子がない。
古びた街灯に浮かび上がる赤い女は、じっと俺らを見上げ続けた。
「ガチガチに強張った手で力任せにカーテンを閉めて、その場にしゃがみ込んだよ。酔いなんて一気に醒めた」
毎日毎晩、雨の日でさえ俺を監視していたのだ。
どう考えても普通ではない。
『警察は?』
「行かなかった。いい年した男二人が女に写真を撮られたくらいで怖がってるなんて言いづらいだろ」
『そんなもんかなぁ』
「女には分からないよ」
その日を境に、日常生活のいたるところで赤い女を見かけるようになった。
アパートから一歩外に出たとき。
講義を終えて駅に向かっているとき。
飲み屋で友人たちと笑いあっているとき。
街で家でバイト先で、ふと視線を感じて振り返ると、視界の端には必ずあの女が映るのだ。
近づこうとすれば即座に隠れ、無視すればいつまでも視線を貼りつかせてくる。
俺の日常にじわじわと、おぞましい赤が侵食し始めた。
「だけど甘かった……ちゃんと警察に相談してりゃ良かったんだ」
このことを唯一打ち明けた女友達がいる。
姉御肌で、俺の様子がおかしいことに真っ先に気が付いた。
「しばらくして、俺は女友達のひとりに相談しちまった。その子は、赤い女を追っ払うためにニセの彼女にもなってくれた」
恋人を作れば諦めるだろうから、と彼女が立候補してくれたのだ。
弱っていた俺はよく考えもせず、その申し出を受け入れてしまった。
『それでそれで? 今は本当の彼女になっちゃいました、とか?』
「……もう友達ですらないよ」
すぐに矛先は彼女に向いた。
最初は無言電話だったそうだ。
「どんな手を使って番号を仕入れたんだか、日に百回も非通知電話がかかってきたらしい。当然着拒するわけだが、これが良くなかった。今度は自宅の玄関前に生ゴミをぶちまけられて、それがネズミや猫の死骸に代わって、親が監視カメラを付けた矢先、電車のホームで背中を押された」
『うわ……ぶ、無事?』
「間一髪な。だけど心が折れた」
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