赤黒い月は鎌

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『じゃあお兄ちゃん、もう安心なんだね』 「多分な。ずいぶんと犠牲は払ったけど」 『お祝いにケーキ差し入れしてあげよっか!』 「甘いもの苦手なの知ってるくせに。お前が食べたいだけだろ?」  苦笑しながらテレビを眺める。  液晶の向こうでは、小学校で起きた集団食中毒の原因がサバであることを報じていた。 『あは、バレちゃったか。それじゃお兄ちゃんの食べたいもの教えて?』 「遠慮しとくよ、食中毒が怖い」 『遠慮の仕方が歪みすぎ。ちょうどコンビニに行くとこだし、ついでに何か買ってってあげる』 「面会時間はとっくに過ぎてるぞ。それに、さっきも言ったが念のため――」  にわかに鳥肌が立つ。 「――待て!」  呼吸も忘れてテレビに見入った。  壮年のアナウンサーが、緊迫した面持ちで速報を伝えている。 「礼香、今どこだ!」 『え、そ、外だけど?』  サイレンが聞こえた時点で考えるべきだった。  己の鈍感さに腹が立つ。 「家に戻れ! 今すぐ!」 『ちょ、意味わかんない。コンビニくらい行かせてよね』 「生きてたんだよ!」  速報が事実を淡々と告げる。  搬送先の病院から、あいつが姿を消したらしい。 「例のストーカーが脱走した。まだ見つかってない!」 『冗談でしょ……お兄ちゃんの病室、ちゃんとカギって掛かるの?』 「俺なら同じ病院じゃないから大丈夫だ。それより――」  冷汗がこめかみを伝う。 「今度はお前を狙うかも知れない。女友達だって殺されかけた」 『考えすぎだよ、私はただの妹だし』 「それでも手を出されないとは限らないだろ!」  あの子を思い出す。  本当の恋人ではなかったが、それでも排除されたのだ。 『仕方ないなぁ。それじゃ――あっ』 「どうした?」 『ううん、気のせい。それじゃ家に戻るね』 「待て、何を言いかけた!」  思わず声を荒らげると、礼香は申し訳なさそうに切り出した。 『誰かに付けられてる気がして……でも多分、気のせいだから』  さあっと血の気が引く。 「近くの民家に駆け込め。早く!」 『この辺りには民家なんてないよ』  急に心細げな声になる。 『……お兄ちゃんの病院はどこ? 近くないの?』 「二浜病院だ! 逃げ込めるか?」 『え? それなら家より断然近い!』 「よし!」  思わずガッツポーズをする。  しかし安心するのはまだ早い。 「救急車の搬送口か救急外来なら開いてるはずだ」 『あ、足音……さっきよりも近づいてる』  礼香の息遣いが激しさを増す。 『ずっと付いてきてる。……お兄ちゃん、怖いよ』  こんな脚ではベッドから降りることすら叶わない。  指示を出すことしかできない自分が不甲斐なかった。 「頼む、急いでくれ……!」 『うん。絶対に生きて会いに行くね』 しばらく走っているような息遣いが聞こえたのち、礼香が嬉しそうな声を上げる。 『あっ、入り口が見えた!』 「よくやった、駆け込め!」 『でも、患者でもないのにどう説明すればいいかな』 「殺されかけてるとでも言え!」 『もし信じてくれなかったら? 追い返されそうになったらどうすれば良い?』 「ああもう……!」  テレビがまたしても速報を報せている。  今度は殺人事件だそうだ。 「そのときは直接308号室まで来い!」
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