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赤黒い月は鎌
――ようやく全てが終わった。
病室のベッドに横たわったまま、俺はぼんやりと左の夜空を見やる。
汚れひとつないスチールの窓枠には、皮膚病じみた赤黒い月が引っかかっていた。
ひとりきりの静けさに安らいでいた矢先、枕元のスマートフォンが鳴る。
「……はい」
『出たー!』
高校生の妹、礼香だ。
「ひどい声出すなよ……」
『誰のせいだと思ってんの?』
俺のせいだと思っているらしい。
『まったくもう、出られるなら早く出てよね! 待ってる間いろんなこと考えちゃったじゃない』
声が掠れている。涙を堪えているのだろうか。
気が強く口達者な妹ではあるが、実は家族で一番の心配性でもあることを思い出した。
「悪かった、俺なら大丈夫だ。ちゃんと生きてる」
思わず顔がほころぶ。
両脚骨折と火傷のせいでベッドから動けない状態であることは、まだ教えない方が良いだろう。
「ところで、父さんと母さんもこのこと知ってるのか?」
二人はイタリアに旅行中だ。
俺も進学を機に大学近くのアパートに移り住んだ。
両親が帰国する明日の夜まで、礼香は実家でひとり留守番をすることになっている。
『知らないはずだよ。家にいないし、電話もまだ繋がらないの。警察の人には私から報せとくって言っちゃったけど』
「子供の安否が気にならないくらい旅行を楽しめてるようで何よりだな」
軽口をたたくと、なぜか礼香は言葉を詰まらせた。
『……あのさ』
「ん?」
言いよどんだのち、滲むような声で切り出す。
『お兄ちゃん……なんで自殺未遂なんかしたの?』
頬を真っ赤に染めた猫目の少女が思い浮かんだ。
礼香の泣き虫は今も健在らしい。
「泣くなって、もう全部終わったんだから。それに違うんだ」
『え?』
「あれは自殺なんかじゃない」
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