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「私も旦那いるからなぁ……ああそうだ。この店内とか本社の人で気になる人とかいないの?」 「いません。本社の人はみんな既婚者じゃないですか?」 「いやそれがね……何人かの候補が上がっているらしいんだけど、本社の二十代の男子の中に、彼女募集中の人がいるってマネージャーから聞いたの。久米さん、声……かけてみる?」 「できれば異業種の人がいいなぁ……」 「だって彼氏ほしいんでしょう?近場の人の方が何かと安心よ?」 「……登坂さんみたいな人って世の中にいないですかね?」 「え?何それ?まさか久米さんあの人のこと、気にしている?」 「以前に二度イベントで一緒に仕事して、ああいう人ならいいなぁって考えているんです」 「奥さんと子どもいるでしょう?ああいうのは目をつけるのも考えるのもやめた方がいいよ」 「まあ、あくまでも理想的な人ってことで気にしているだけです。登坂さん本人が良いんじゃありません」 「それならよかった。この間、彼の本社の同僚でダブル不倫した人いたみたいよ。登坂さんも餌食になったら大変でしょう?」 「餌食なんて古いですよ。登坂さんはまず何も眼中ありませんし、良い上司だなってだけで見ていますから安心してください」 「ああ、向こうからお客さん来たっぽい。きちんと振る舞おうね」 「はい」 店内に数名の客が入り再び接客をしていると、その後ろからある男性が中に入ってきていた。 「ああ、お疲れさまです……久米さん、例の方が来ましたよ」 「例の方?」 彼女が振り返るとそこには輝の姿があった。 「お疲れさまです。今日は久米さんの雇用について話があるんで来ました」 「では、バックヤードに行ってください。私が他の社員呼んできますので」 輝と久米が厨房の奥にあるバックヤードに来ると、彼は鞄から書類を取り出し、次の雇用契約について説明をしていた。 「研修期間は終わりましたが、継続の意思はありますか?」 「はい。それって本契約になるってことですか?」 「ええ。今月半ばがちょうど契約の更新となるので、久米さん本人が継続の意思があるという事で、正式に正社員として雇用が決まったんです」 「ありがとうございます」 「これ契約書。マネージャーにも伝えておくので書類に必要事項を書いたら、郵送してください」 「わかりました。良かった安心したぁ」 「……この間の電話、強く言ってごめんね」 「ああ。私も、わがまま言ってすみませんでした」 「外勤が続くからいつここに来れるか見当つかなかったけど、今朝部長が本店に行ってくれって言われたんだ。……俺も会えて嬉しい」 「もしかしたら怒っているのかと思っていました」 「あの時はちょうど結衣も夜泣きが続いていて、莉花も結構身体が堪えていたんだ。本人たちに電話の事聞こえていたし、突き放すようなことを言っておかないと疑われるなって思って」 「登坂さんも大変なのにすみません」 「次の週の金曜って空いているかな?」 「ちょうど公休です」 「映画でも見に行こうか?」 「ご飯も食べにいけそうですか?」 「いいよ。またメールしておくから後で確認しておいて」 「色々気を遣わせてありがとうございます」 「良いんだ。俺も久々に羽を伸ばしたい。……じゃあ会社に戻るよ」 「お気を付けて」 久米が出入り口まで見送りカウンターに戻ると、女性社員がじっと彼女の顔を見てきて、嬉しそうだというと、正社員登用になったことを告げるとおめでとうと返事をしてくれた。 厨房から他の社員が店頭に置く商品を並べていき、彼女たちも陳列をして接客にあたっていった。 翌週になり、輝と久米は新宿駅の東口で待ち合わせをし、近くにある映画館へ行き、数時間が経つと外は日の入りが過ぎ、辺りは暗くなっていた。三丁目のビル街の裏にあるイタリアンレストランへ入り、パスタやリゾット、仔羊の香草焼きなどを注文をし、品物が来ると取り分けて食べていった。二時間が経過して店の外に出ると雪がちらつかせながら風とともに舞い上がって、冷たい風が彼らの身体にまとわりついてきた。 駅の構内に入りしばらく歩いていくと、輝が荷物があると言い、ロッカーへ走っていき中からトランクケースを出してきた。 「これ、どうしたんですか?」 「出張あるって嘘ついてきた」 「どこかに泊まるんですか?」 「もちろん久米さんのところだよ」 「私の家の中結構散らかっていますよ?」 「いいよ、構わない」 「構わないって……急で心臓が痛いなぁ」 「じゃあホテルにでも換える?」 「いや、大丈夫です。行きましょう」 中央線快速の電車に乗り満員の中、身を寄せ合いながら向かうと、久米の家がある荻窪駅について南口から十五分ほど歩いたところにあるアパートの二階へと行った。彼女は部屋を片付けるので玄関で待っていてくれと言い、しばらく待っているとようやく部屋に入ることができた。中は一DKのやや広めの間取りになっていた。 「紅茶淹れるんですが、逆にハーブティーにしますか?」 「ああ。どちらでもいいよ」 「お湯沸かすのでその間そのベッドに腰かけていてください」 「この大きいクッションはいいの?」 「それ潰れかかっていますよ。座ったら……」 そうしている間に彼がそのソファクッションに座るとバランスを崩して床に手をついた。 「危ないなぁ、びっくりした」 「使いすぎて潰れているんですよ。だからベッドに座ってくださいって言ったじゃないですか」 互いに笑い合うと、輝はジャケットを脱いで壁にかかっているハンガーボードにかけて、彼女の後ろ姿を眺めていた。
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