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翌月、輝は後輩の社員とともに羽田から新千歳空港へ行き、札幌駅に着くと直結しているデパートの最上階へと向かい、イベントの主催者である人物たちと挨拶を交わし、設置されたブースの中に入り商品を置く什器や陳列棚の確認をし、商品を並べる作業を行なっていった。すると、二人の女性が彼らの元に来て会釈をしてきた。 「登坂さん。今回の期間中に手伝ってくれる助っ人。お二人も自己紹介して」 「市内の製菓店で働いています、種田と言います」 「種田さんと一緒にアルバイトで働いています、久米といいます」 「登坂です、よろしくお願い……します」 輝はこの時、久米という二十代後半の女性の印象が脳裏に強く残り、わずかに彼女に惹かれるように心が動き始めていた。 登坂らは宿泊先のホテルへと行きチェックインし、翌日から始まるイベントの最終確認を話し合うとそれぞれが部屋へと入っていった。輝は莉花に電話をし体調のことを気にかけていた。 「頻繁にお腹のなかで蹴りだしている。早く出たがっているんじゃないかな?」 「明日の昼間には病院に行くんだろう?お義母さん来てくれるって言っているから、あまり心配しないでくれ」 「うん。そっちもいよいよ明日だね。他の人たちはどう?」 「みんな色々と心待ちしている。お客さんたくさん来ると良いなって」 「輝がうまくいくように願っている」 「俺も無事に出産できるように祈っているよ。今日はもう早く寝たほうがいい。何かあった時は俺の両親のところにも連絡するようにして」 「わかったよ。じゃあ明日頑張ってね、おやすみなさい」 彼は彼女の傍にいれないのが悔しくてあまり気持ちも落ち着かない様子でいた。これから生まれてくる我が子の顔が早く見たい。父親としての責任も課してあるので余計不安な思いでいっぱいだった。 翌日のイベントの一日目。専用の服装に着替えて店頭で待っていると、開始の合図が鳴り会場の出入り口から歓声が上がると、一気に客が押し寄せるように入ってきた。他の店のブースでは既に商品が売れていく様子も見られて、それに焦りを感じたのか輝たちも必死に声をかけて、客を寄せ集めていった。 徐々にだったが什器の商品の売れ行きも好評となり、その日の売り上げを精算していくと目標数まであともう少しのところで手が届かなかった。輝たちは改めて戦略を考え直し、一押しとしているアップルパイと他の焼き菓子の売り上げをどうすれば客に目に留めてくれるかミーティングを重ねていった。 二日目も同様に客足がまずまずのところで商品の売れ行きも昨日と同じような傾向だった。十四時が過ぎたところで、種田と久米を昼休憩へと行かせてその間に輝は社員と客に声をかけて呼び集めようとしていった。 「登坂さん、向かいのブースも結構商品が減っていますね」 「ああ。さっき俺も廻ってきたんだけど他のところも列ができるくらいに賑わっている所あった。ヤバいな、今日の売り上げも昨日と似たような感じになりそうだな」 会場の閉店時間となると、彼らはすぐに精算を出していき数千円単位だったが売り上げが上がっていた。すると久米がある提案を出してきた。 「あの……アップルパイの試食を出してみませんか?」 「アップルパイを?そうなると、数が少し足りなくなってしまうかもしれないですね」 「いや……やってみようか」 「登坂さん、大丈夫ですか?」 「さっき入っていた明日の分が追加になってきているから、ギリギリはいけるだろう。種田さん、久米さん。最終日だけど頑張れそうか?」 「ええ。みんなで盛り上げてお客さんに気に入ってもらえるように、私達も最後まで頑張ります」 「よし!俺らもまたあとでミーティングしよう。とりあえず明日に備えて今日はすぐに解散できるように片付けていこう」 「はい!」 什器の商品を陳列している時、久米は輝に声をかけてきた。 「明日で終わるんですね。なんかあっという間で寂しい感じもします」 「そうだね。久米さんも色々時間が長く働かせているけど体調はどう?」 「私はこの通り頑丈なんでその辺は任せてください」 「頼りになります。明日もよろしくお願いします」 「あの、ちょっと耳を貸してくれませんか?」 すると久米は輝に相談したいことがあるので明日の打ち上げの後、二人ですすきののバーに行かないかと誘ってきた。輝は承諾をしたが彼女が何を考えているのか疑問に思っていた。 三日目の最終日。一時間早めて会場が開き、昨日の倍の客層が入ってきたのを目にすると、周りのブースの店員たちも活気づきながら、どんどん客足を伸ばしていっていた。輝は久米が提案したアップルパイの試食を進めていくと、それを見た他の客が興味を持ち始めて、商品を併せて購入する様子が増えていった。 完売したアップルパイの什器を見て彼らはようやく笑顔を取り戻し、残りの時間を他の商品の促進に費やしていき、閉店時間となりレジカウンターのキャッシャーの精算を行い、三日間の総売り上げを計算していくと予定より上回ったことに達成感を噛みしめて喜びあっていった。
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