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その頃、莉花は陣痛が始まってから十時間が経ち、分娩室のベッドで身体をいきみながら子どもに会えることを待ち望んでいた。横向きにしていた身体を仰向けに戻すと、破水が起きたので看護士が酸素呼吸器を口元にあてて、お産を続けるように促していった。何度かいきんでは苦しそうな顔をして、看護士らも彼女を励まして身体をさすっていった。 「あの人は……?」 「旦那さまですか?」 「はい。まだ連絡がつかないんですか?」 「ええ。何度かお電話しているんですが繋がらないんです。また連絡してみますので、今は赤ちゃんの事だけを考えてください」 意識が朦朧としているなか莉花は懸命に無事に子どもが産まれてくるように自分の身体も励ましていった。 ◇ 輝は異性の感情になど揺らぐことなどないと、頑なに自我を守ってきたつもりでいた。しかし、久米との出会いがこんなにも砂のように流れ出して、繊細に透き通っていくものなのかと、循環する血流に逆らえない境地をこの時に垣間見た。莉花以外の女性の香りが鼻の中に通っていくと、正直になりたいと身体が反応して久米に触れると、男はそれを許していいのかと彼の生真面目さが逆立ちしていくように、違う景色を探していたのだといつしか考えるようになっていたのだった。 ブラジャーのブックを外し、乳房を何度も舐めては乳首も咥えていくと、それが硬くなってきたのを見計らい、輝はスーツパンツの中に手を入れて下半身を愛撫していった。次第に濡れていくのに気がつくと彼女が自ら全て脱いでいき彼の手を引いて陰部に弄るように促していった。 「(いや)らしい身体。でも……俺は好きだ……」 「身体、起こしてください。上に乗りたい」 久米は輝の身体に絡みつくように手足を回し、何度もキスを交わして口から出る唾液を吸い上げて、彼は彼女の反応を見つめていた。脚を開かせると自分の陰茎を挿れていき、ああっという淫声に身を震わせながらゆっくりと身体を揺らしていく。枕元の光の中、蕩けるように艶やかさを見せる久米に、輝は頑なになっていた揺るがない壁を崩壊させて、この時だけは自身の責務も全て解放したいという思いで彼女を抱いていった。 「とう、さかさん……もっと入ってきて……」 「どんどん、君が欲しくなってきた……どうしよう……」 「良いよ。もっとあなたに汚されたい……」 「どこかへ……二人で……消えたいくらいだ」 久米はヘッドボードに手をつかみ輝の襟首にもう片方の手を回すと、零れ落ちていきそうな喘ぎ声をあげながら、彼の欲を満たしてあげようと背中の上に両脚をかけてお互いの身体を密着させていった。やがて時間が経ち、輝が目を覚ましたころに久米は既に帰っていっていた。 四時。ベッドの横に置いてある時計を眺めては天井に目をやると、先程の久米の残り香が身体にまだ沁みついているのを感じていた。部屋の空間も寒かったので足元に落ちていたガウンを着ると、枕元にメモ紙が置いてあるのに気がついて読んでいった。 『お付き合いいただいてありがとうございます。後日、教えていただいた連絡先に電話をさせてください。またどこかで会えることを祈っています』 頭が少しだけぼんやりとするなか、スマートフォンを取り出してみると何件かの着信が来てきたので、莉花の事を思い出しすぐに母親に電話をかけてみると、三十分前に無事に子どもが産まれたことを伝えられて、胸を撫で下ろした。 その日の夕方に東京に戻ってくると、部長も任務を任せてよかったと励ましてくれ、子どもが産まれたことを告げるとすぐに病院へと向かっていった。莉花の居る個室へ入ると彼女の横に優しく眠る赤ん坊がいて、抱きかかえてあげると目を開いて彼の辺りを眺めていた。 「やっと会えたね。俺がパパだよ」 「どっちに似ているかってずっと話していたの。どっちだと思う?」 「女の子だから、莉花だよ。目元がそうだな」 まだ柔らかいその子をうまく抱えようとしていたが、無理に長く抱いていなくてもいいと、彼の母親も告げると再びベッドへ寝かせてあげた。 「輝。ずっと電話をしていたのよ。どうして出れなかったの?」 「ごめん。着信音を切っていったんだ。切り替えるのを忘れていたんだ、本当にごめん」 「いいよ。それでイベントどうだった?」 「想定より売り上げも好調だった。部長もみんなも喜んでいたよ」 「よかったわね。行った甲斐があったわね」 「ねえ、名前どうする?」 「これ、メモ紙……結衣にしよう。飛行機の中で色々考えてたら、その名前がいいって思ったんだ」 「そうか、結衣ね。お父さんたちにも知らせてあげよう」 それから莉花が三日後に退院して自宅に帰ってくると、あらかじめ用意していた結衣のベッドに寝かせてあげると少しだけぐずっていたが、時間が経っていくともに落ち着いていつの間にか眠っていた。 一ヶ月後、結衣の定期検診を終えて莉花が帰ってきて、輝は夕飯の買い出しに行く事を伝えて近くのスーパーへ向かい食材を買い再び戻ってくると、結衣が泣いている声を聞き慌ててリビングへ行った。 「母乳もおむつも取り換えたんだけど泣きやまないの。熱でもあるのかな?」 「一度ベッドに寝かせてみて」 結衣はそれからも泣き続けていたので、夕食後、輝が浴室から出てから交代で結衣の様子を見ることにしていた。深夜零時を過ぎた頃、二人は彼女の声に聞き疲れたのかソファやテーブル席の椅子に眠り込んでしまい、輝が目を覚ますと結衣はいつの間にか泣きやんで眠っていた。莉花をそっと起こして彼女の身体に毛布を掛けると、二人はあらかじめ敷いておいた布団に入り眠っていった。
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