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俺・森岡には、変わった友人がいる。名前は南。高校になってからできた友人なんだが、同級生の間ではちょっとした有名人だ。なぜかって?
それはこれからお話ししよう――
夕日が差し込む、放課後の学校。
生徒はすでに殆どが下校してしまっている。廊下は静まり返り、響くのは運動部の掛け声と、居残った僅かな生徒の話し声のみ。
俺と南は、一人の女子生徒に依頼達成の報告をしていた。
「南くん、ありがとう! めっちゃ助かった! さっすが、探偵くんって呼ばれてるだけのことはあるね!」
少し前のめりに感謝の言葉を告げる女子生徒に南は、
「お役に立てて良かったよ」
慣れた様子で、サラリと返事をする。
「森岡くんも。ありがとね!」
女子生徒は興奮冷めやらぬ様子で、ただの連れである俺にまで礼を言ってくれた。
こういうのも、よくあることだ。遠慮することなく、気持ちは素直に受け取っておこう。
「ど〜いたしまして。じゃあな」
俺は片手を振って、教室を出ていく。南もその後に続いた。
「無事に依頼解決だね。次に行こう」
廊下に出たかと思うと、南はすました表情を崩して俺を追い抜く。
「次、ってさ、あれだろ」
「『勉強がわかりません。このままでは部活を続けられなくなります』だって」
「てかさ。それ、別に依頼じゃないだろ。俺達に相談するヒマがあるなら勉強してろっての」
「良いじゃないか。困っているなら助けてあげないと」
言葉とは裏腹に、ワクワクしているのを微塵も隠せていない。まったく。不謹慎極まりない。
「あのさ」
俺はズンズンと先に行こうとする南を引き止めた。
「何だい?」
「お前、いっつもいっつも人の困り事に首突っ込むよな。依頼とか言って。探偵の真似事なのか何なのか知らんが、そろそろやめろよ」
「――早く行こうか」
南は歩調を早める。
「ちょ、おい、無視すんな!」
俺は慌てて追いかけた。
俺の友人・南のあだ名は『探偵』。日々、あいつのもとには同級生から困りごとの相談が舞い込む。そしてあいつはそれを聞くだけでなく、解決しようとするのだ。
人の困りごとに首を突っ込むというのは、自分のもとにトラブルを呼び込むのと同義。そして、トラブルを呼び込むことは、自分がその被害を受けることにつながる。そんなリスクを負ってまで人助けなんかすることはない。俺は再三忠告しているのだが、今のところ、南が聞きいれる様子はない。
あいつが探偵になりたがる理由。それが俺にとって、どんな事件の真相より気になる謎だった。
ある日の休み時間。俺はふと思い出して、一緒にいた南に話を切り出した。
「そういえば。昨日の放課後三組の下村に声かけられてさ。依頼、預かってきたんだけど」
「断ってくれ」
即答だった。聞き間違いかと思い、思わず
「は?」
という声が漏れる。
「その依頼は受けない」
南は、はっきりと言い直した。
「なんでだよ。失せ物探し、よくありがちな依頼内容だろ」
「内容は関係ない」
南の表情は動かない。
「はあ? じゃあ、何だっていうんだよ」
が、俺が顔をのぞき込むと、すっと目をそらされた。
「この話は終わりにしよう」
声が冷たい。うつむきがちに虚空を見つめる南は、今までに見たことがない、何かを拒むような雰囲気を纏っていた。
「そういや。俺、下村と初めて話したけどさ。あいつ、お前と同じ中学出身だったよな。なんでお前に直接依頼せず、俺を通したんだ?」
ふと思ったことを口に出してみる。すると南は我に返ったように目を瞬き、
「さあ? とにかく、この話は終わりだ」
今度こそ強引に話をぶった切って席を立った。
教室移動でも、俺と南は基本一緒にいる。
教科書とファイル、ペンケースを抱えて、雑談をしながら歩いていた。が。
「あ」
唐突に、南が立ち止まる。
「どうした?」
「少し、先に行ってくれ。後で追いつく」
「は? ちょっ――」
南は俺の返事も待たず、廊下を引き返していった。
「何なんだよ」
忘れ物でもしたのか? だとしても、そう言えばいいだろ。フツウ、あんなに慌てるか?
しばし唖然として、その場に立ち尽くす。
と。
周囲の喧騒に、えらく明るい声が割り込んできた。
「お〜! 森岡、久しぶり! いや、そうでもないか」
下村だ。話すのはまだ二回目のはずだが、十年来の友人のような態度で距離を詰めてくる。
「で、依頼、どうなった?」
「断る、だとよ」
端的に告げる。この話をしたときの南の態度は気になったが、こいつに言ったところでどうにもならないだろう。
理由を訊かれても、そんなの、俺が知りたいくらいだ。
「まあ、やっぱ、そうなるか」
「え?」
下村が低い声でつぶやき、俺は耳を疑う。
「や、なんでもない。なんか南って、高校になっていきなり探偵の真似事なんか始めたんだろ。意味わからんけど、ちょうどいいと思ったんだがな」
が、それだけに留まらずさらに予想外の言葉が飛び出て
「うぇ!?」
素っ頓狂な声をあげてしまった。
「どした?」
「南って、中学時代からああだったのかと……」
「いや? そもそも探偵とか興味すらなさそうだったし。ホンット、高校になってガラリと変わった」
「そ、そうか……」
続く言葉が思いつかず、数秒、二人の間に沈黙が降りる。
少しだけ気まずい空気になったが、下村が
「あっやっべ、もう行かなきゃ。じゃあな!」
去り際にことさら明るい声を出して、その雰囲気を払拭してくれた。
「南、あいつ、本当にどうしたんだ」
珍しく一人になった放課後。
あいつに出会って以来何度も頭の中で反芻している疑問をつぶやきながら、一冊のノートを開いた。
『そうさ手帳』と表紙に書かれたそれには、この高校で南が沢山の同級生の悩みを解決した軌跡が記されている。俺は何気なく、依頼人一覧のページを眺めた。
「ん? これ――」
そして、南から依頼を断られた同級生の、共通点に気づく。
「こいつ確か、南と同じ中学出身だったよな。こいつも。こいつ、はわからんが。こいつも、こっちもだ――!」
次の日。
「さ。今日の依頼、やりがいがありそうだよ。早く行こう」
「なあ」
いつもどおり、ワクワクした様子で急かしてくる南に、低い声を投げかけた。
「何?」
南はキョトンとした表情で首を傾げる。
「南、なんか隠してるだろ」
俺の真剣さに南はピクリと肩を揺らすが、すぐに誤魔化すような笑みを浮かべた。
が、
「いきなりどうした――」
「中学の頃、何があった」
「っ!?」
さらに鋭く切り込むと、動揺を隠せなくなる。
「知ってるんだよ。お前が中学時代の知り合いを避けてることとか」
「――この話は終わりだ!」
「待てよ!」
いきなり声を荒げる南に負けじと声を大きくし、逃すまいと南の前に立ちふさがる。
南はたじろいだように小さく身じろぎし、うつむいた。
「――どうせ、」
「どうせとか言うなよ」
「でも――」
俺はじっと、南の言葉を待つ。
周りの音が、すべて消えたような気がした。完全なる静、無。空白の時間が、じれったいほどに続く。
それでも諦めずに、ただひたすら、待ち続ける。
すると。
「ホンットに、胸くそ悪い話だけど」
根負けしたように、南が話し始めた。
「クラスの女子が、お気に入りのペンがないって言い出した。そして、流れで僕が盗んだことになったんだよ」
衝撃の内容だった。
「流れで、って。一体どんな」
うわ言のような口調で、ポロリと疑問がこぼれる。
「 思い出したくもない。とにかくムリヤリ謝らされてさ」
「ひどいな……」
南は虚空を見つめ、胸の内を、ぽつり、ぽつりと語ってくれた。
「その時、思ったんだよ。誰か、僕の無実を証明してほしいって。だから高校に入って、いろんな人の困り事の相談にのるのを始めた。おんなじようなことが他の人に降り掛かったとき、依頼という形で僕のもとに話が舞い込むように。そして、疑われた人を助ける役に、僕自身がなれるように」
「そ、っか。お前、そんなことを考えてたんだな」
「まあ、」
知らなかった。南が、こんなにも真剣に色々考えていたなんて。知りもしないで、探偵みたいな活動を、お遊びだと決めつけて。
切り替えるように、俺は明るい声で呼びかける。
「これからは、とことん付き合うよ。さ! 依頼人のとこ行くぞ」
「――ああ!」
南の瞳に光が戻り、俺たちは二人で頷き合った。
後日。
「ひっさしぶり~!」
二人で話しているところに下村がやって来ると、南はたちまち黙り込んだ。
「そんな顔すんなって」
「……帰る」
立ち去ろうとする南に下村が
「待とうや南、いや、探偵!」
声を投げかけると、南は思いっきり渋い表情になる。が、
「お前が盗みを働くようなヤツじゃないことくらい、わかってるからさ」
下村から耳打ちされると、立ち止まって目を見開いた。
険悪になったら俺が取り持ってやるつもりだったが、下村にそういうのは最初っから不要だったな。微笑ましさにちょっぴりニヤニヤしてしまいながらも会話に加わる。
「こいつ、お前の依頼、受けるってよ」
バッと俺の方へ振り向いた南の顔は見ものだった。
「まだそんなことは言ってな――」
「これから言うつもりだったらしい」
面白くなって、からかうように遮ってみる。
「だから違――」
「お〜! ありがとな! 探偵、助手!」
しどろもどろになりながら否定する南の言葉を、次は下村が遮った。
「助手じゃねえ!」
聞き捨てならない発言にツッコミを入れると、下村がさっきの俺みたいにニヤリと笑う。
気まずい空気はもはや吹き飛んでいた。
三人で、くだらない雑談に興じて笑い合う。
日は傾き始めていたが、俺たちを包む空気は、晴れ渡った夏の空のように爽やかだった。
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