26人が本棚に入れています
本棚に追加
/152ページ
「時子!」
誰かの声がした。少女の声はうっすらと聞き覚えがある。誰の声だったか、ミナミが考えていると、あたりが明るくなってきた。
「早く戻らないと、先生方だってみんなだって困るじゃないの。せっかく軍人さんが来てくださっているのに、どういうつもり? ねぇ、聞いているの?」
気づくと、ミナミはどこかの教室にいた。教室にいたのは、時子と彼女を追いかけ少女だ。
時子は紺色のもんぺを脱ぎ、見慣れたサロペットスカートに着替えた。
「須摩子は戻って。私はやめる。自分にうそをついてまで、こんなところにいたくないもの」
彼女は乱れたおかっぱを梳かし、追いかけてきた少女に言った。
(あれは、先島さん?)
先島須摩子は時子の友人だったはずだ。やはり、これは時子の記憶なのだろう。よく見ると、須摩子と呼ばれた少女の顔には先島さんの面影がある。
「嘘ってなに? 貴女が戻らないと、みんなが連帯責任を取らされる。先生方に恥をかかせて、ほかの子たちにも迷惑をかけて、貴女はなんとも思わないの?」
先島さんに肩を掴まれ、時子は荷物をまとめていた手を止めた。
「なんとも思わないわけがないじゃないの。でも、私は勉強もせずに案山子を刺すなんておかしなこと、したくないんだもの。こんなことをするために学校に来ているわけじゃないわ」
「貴女、なんてことを言うのかしら。みんな我慢しているのに、そんなのわがままよ」
先島さんに袖を掴まれ、時子は手を止めた。怒る先島さんの少し赤くなった顔を見て、彼女は柔和に微笑む。
「わがままだって、構わないわ。お好きに言ってちょうだい。私、学校をやめる」
時子が言うと、力なく先島さんは袖口から手を放して俯いた。
最初のコメントを投稿しよう!