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「時子!」  誰かの声がした。少女の声はうっすらと聞き覚えがある。誰の声だったか、ミナミが考えていると、あたりが明るくなってきた。 「早く戻らないと、先生方だってみんなだって困るじゃないの。せっかく軍人さんが来てくださっているのに、どういうつもり? ねぇ、聞いているの?」  気づくと、ミナミはどこかの教室にいた。教室にいたのは、時子と彼女を追いかけ少女だ。  時子は紺色のもんぺを脱ぎ、見慣れたサロペットスカートに着替えた。 「須摩子は戻って。私はやめる。自分にうそをついてまで、こんなところにいたくないもの」  彼女は乱れたおかっぱを梳かし、追いかけてきた少女に言った。 (あれは、先島さん?)  先島須摩子は時子の友人だったはずだ。やはり、これは時子の記憶なのだろう。よく見ると、須摩子と呼ばれた少女の顔には先島さんの面影がある。 「嘘ってなに? 貴女が戻らないと、みんなが連帯責任を取らされる。先生方に恥をかかせて、ほかの子たちにも迷惑をかけて、貴女はなんとも思わないの?」  先島さんに肩を掴まれ、時子は荷物をまとめていた手を止めた。 「なんとも思わないわけがないじゃないの。でも、私は勉強もせずに案山子を刺すなんておかしなこと、したくないんだもの。こんなことをするために学校に来ているわけじゃないわ」 「貴女、なんてことを言うのかしら。みんな我慢しているのに、そんなのわがままよ」  先島さんに袖を掴まれ、時子は手を止めた。怒る先島さんの少し赤くなった顔を見て、彼女は柔和に微笑む。 「わがままだって、構わないわ。お好きに言ってちょうだい。私、学校をやめる」  時子が言うと、力なく先島さんは袖口から手を放して俯いた。
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