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【一章】
ここで、いつも目が覚めるのだ。
最近よく、悪夢を見るが内容はあまり覚えていない。
眠たい目をこすっているミナミの顔を、幼馴染の穂香が覗き込んだ。
「やっと起きた? ミナミ、いびきかいてたよ?」
彼女の長い髪に、教室に差し込む陽光が反射している。すでに放課後のようだ。
肩から下がる彼女のポニーテールをぼんやり眺めながら、ミナミは頭をかいた。
「おはよう」
「いや、おはようじゃないし。もう放課後なんだけど」
穂香はミナミの鼻を指先ではじいた。こういうところは、昔から変わらない。小柄な穂香と、平均よりも身長の高いミナミは、昔から姉妹のようだと言われてきた。見た目から南の方が年上にみられることが多いが、実際は穂香の方が世話焼きなタイプだ。
まったく、と呟いて彼女はミナミの前の席に座る。机には、白い画用紙や鮮やかなマジックが散らばっている。
「なに書いてたの?」
寝起きで乾いた唇にリップクリームを塗りながら、ミナミは言った。
「配信で使う小道具だよ」
「ああ、Q Chillsの?」
穂香は、中学二年生のころからQチルズというアプリでライブ配信をしている。メイクをしたり、雑談やゲームをしたり、Qチルズの配信者として、今では結構な数のファンがいるらしい。たまに学校でも、あまり親しくなかった生徒から話しかけられているのを見たことがある。
「スマホで配信してるんだけど、インカメにすると反転して映るでしょ? 普通の文字でフリップを書いても分かりにくいと思って、こうやって逆さに文字を書いてるってわけ」
穂香は机においていた画用紙をミナミに見せた。画用紙には「今日のテーマは〇〇……」と、ライブ配信で話すらしい内容が書かれている。
その文字は、すべて逆さまの鏡文字になっていた。
「へぇ、面白い」
「印刷じゃなくてあえて手書きにしたほうが、ウケがいいんだよね」
満足そうに文字を指でなぞる穂香の横顔を眺めていると、教室のドアが開く音がした。
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