そのお笑い芸人は、深夜の公園から始まった

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「面白くないのお」 深夜の公園。太陽は眠り、星と月だけが輝く時間。お笑い芸人である俺は一人、ネタの練習に励んでいた。 この公園はとてもつもなく広く、大声を出しても近所の迷惑になったりしないため重宝していた。 そんな俺に、突然、杖をついた爺さんが声をかけてきた。齢は七十を超えていそうだ。 俺は一瞥しただけで、また練習に戻る。この練習は、今度開催される大会のためのものだ。ピン芸人のナンバーワンを決める大会だ。 「間が悪いのお」 爺さんは俺が無視するのもお構いなしに話しかけてきた。 だが、次の一言に思わず反応してしまった。 「お前さん、コンビを解消したばかりか?」 「……なんでわかった?」 たしかにこの爺さんの言う通り、俺はコンビを解消したばかりだった。大学生の頃に組んだコンビ。かれこれ十年以上続けていたコンビを解消したばかりだった。 解消の理由は、相方の限界だった。 「もう、貧乏暮らしは辛い……」 お笑い芸人として事務所には所属している。だが、仕事はその事務所が持っている劇場で細々とネタを披露することぐらいなものだった。だから、手元に金なんてものはまるでなかった。 その生活に、相方は限界が来ていた。最近、結婚をしたというのも大きいのだろう。 相方は、親族の会社から人手が欲しいと声をかけられたらしい。相方は、生活のために就職することに決めたとのことだった。 俺はそれを聞いて、何も言うことができなかった。 十年以上続けていたコンビだ。解消したくはなかった。だが、相方を引き止めるだけのものを俺は何も持ち合わせていなかった。 「お前さんの間合いが、コンビのそれだからじゃ。ピン芸人とコンビじゃ、間が違う」 そう言って、爺さんは、俺の目の前にあったベンチに腰掛けた。 「素人に何がわかるんだよ……」 素人の爺さんに、お笑いの何がわかるっていうんだ。十年以上もお笑いを続けている俺にもわからないのに! だが、老人の言葉に、俺はぐうの音も出なくなってしまった。 「そうじゃとしたら、素人に見抜かれるような芸を、お前さんがしていた、ということじゃ」 爺さんは、にやりと笑った。 「それに、お笑い芸人が笑わせるのは、そのほとんどがお笑いの素人じゃ。じゃから、お笑いの素人だと馬鹿にしたらいけない。その素人がお前さんを評価するんじゃからな」 たしかに、その通りだ。お笑い芸人が笑わせる相手は、素人がほとんどだ。今度の大会だって、素人が面白いかどうかを判断する。 だとしたら……俺は、この爺さんに俺は笑わせないといけない! 「……わかった、俺がお前を笑わせてやる!」 そして、俺は渾身のネタを披露した。 「……つまらん」 だが、俺の渾身のネタはその一言で一蹴された。しかも、憮然とした顔で、わずかに笑うことすらなく、言われた。 俺はがっくりとうなだれた。 やっぱり、俺、お笑いの才能ないのかな……。 十年以上も続けているのに、テレビにだってまともに出たことがない。事務所の力が弱い、というのもあるかもしれないが、それは言い訳だ。実力のあるお笑い芸人は、その実力でのし上がってきている。 目の前の老人一人、くすりともさせられなかったことで、その想いが強烈に襲い掛かって来る。 自然と、涙が零れそうになってくる。 「何を泣いてるんじゃッ!」 爺さんは、杖を投げ捨て、いきなり俺に迫ってきた。それも憤怒の形相で。そして、胸倉をつかまれた。 体が、浮いた。 この爺さんにこんな力があるなんて……! 「貴様ッ! お笑い芸人なんじゃろ! だったら、泣くべきは客の方じゃ! それも抱腹絶倒の涙を流させろッ! 貴様が泣いてどうする!」 だが、俺が驚いたのは爺さんの力だけではなかった。 「……何で泣いてるんだ?」 爺さんは、泣いていた。もちろん、笑い過ぎたせいではない。 悔し涙だった。そうとしか思えない。歯を食いしばり、眉間に皺を寄せているのに、どこか寂しさを感じる表情をしていた。 爺さんは力を緩め、俺は地面に降りた。爺さんの腕はプルプル震えていた。恐らく、普段の力なら俺を持ち上げられていない。火事場の馬鹿力、みたいなものだったのだろう。 ……それだけ俺に本気で向かってきたということだ。 どうして? 「……なあ、爺さん。どうして泣いてるんだ?」 老人は逡巡したのち、ベンチを指差した。 「これも何かの縁じゃ。退屈するかもしれないが、話そう。わしの昔話を」 ベンチに座るなり、老人は自分の過去を話し始めた。
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