サウジアラビアの前国王 12

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「…マリア…アナタ…どうして、ここへ? …一体、誰に連れてきて、もらったの?…」  バニラが、聞く…  当たり前のことだ…  マリアは、3歳…  ひとりで、どこか、遠くに行けるほどの歳ではない…  たしかに、3歳にしては、生意気な口をきくが、それだけだ…  だから、ここへ、来るには、誰かに、連れてもらったと、考えるのが、正しい…  「…オレが連れて来た…」  マリアから、少し離れた場所に、いた男が、言った…  浅黒い肌を持つ、精悍な顔立ちの男が言った…  私は、その顔に、見覚えがあった…  いや、  その男を知っていた…  そのイケメンを知っていた…  「…オマエは…」  と、私が、その名前を言いかけたとき、先に、バニラが、  「…オスマン!…」  と、そのイケメンの名前を呼んだ…  私は思いっきり、バニラの顔を睨んでやった…  「…バカ、それは、今、私が、言おうとしたところだ…」  と、言ってやりたかった…  が、  言えんかった…  さすがに、大人げなくて、言えんかった…  だから、睨んだ…  無言で、ジッと、バニラを睨みつけた…  私の細い目を、さらに、細めて、睨みつけた…  すると、隣で、  「…矢田さん、大人げないですよ…」  と、いうアムンゼンの声がした…  「…大人げないだと? …なにが、大人げないんだ?…」  私は、聞いてやった…  「…矢田さんは、今、オスマンと、言いたかったのでしょ? …それを、バニラさんに、先に言われたから、頭に来ているのでしょ?…」  アムンゼンが、指摘した…  ずばり、この矢田の心の中を見抜いた…  が、  それを、認めることは、できん!…  できんかった…  だから、大声で、  「…違うさ…」  と、怒鳴ろうとしたところで、  「…矢田ちゃんは、子供なの…」  と、マリアが、言った…  こともあろうに、3歳のマリアが、35歳の、この矢田を子供扱いした…  が、  さすがに、3歳の子供相手に、35歳のこの矢田トモコが、ケンカを売ることは、できん…  だから、グッと、こらえた…  グッと、我慢した…  すると、  「…矢田ちゃんは、お子ちゃま…35歳のお子ちゃま…」  と、マリアが、続けた…  これには、頭にきた…  この矢田にも、我慢の限界がある…  これには、いかな、この矢田トモコとて、許せるわけが、なかった…  私の怒りが、爆発する寸前だった…  「…マリア、ふざけるんじゃないさ…」  と、言おうとしたところで、いきなり、太郎が、私に抱き着いて来た…  そして、この矢田の口に、手を当てた…  まるで、この矢田の口を塞ぐように、太郎は、自分の手を、この矢田の口に当てた…  まるで、 「…話しちゃ、ダメ!…」  と、言っているようだった…  その光景を見た、アムンゼンが、  「…太郎さん…さすがです…」  と、太郎を褒めた…  「…矢田さんの口を塞いだ…」  私は、頭に来たが、太郎を叱ることは、できんかった…  太郎が、この矢田のことを、考えて、この矢田の口を塞いだのが、痛いほど、わかるからだ…  だから、この矢田は、太郎を叱ることが、できんかった…  が、  だからといって、マリアに対する怒りが、なくなったわけでも、なかった…  マリアに対する怒りは、まだ、あった…  だから、マリアを、見た…  マリアになにか、するわけではなかったが、見んわけには、いかんかったからだ…  が、  そのマリアは、顔面蒼白だった…  顔面蒼白で、その場に立ち尽くしていた…  マリアのただならぬ様子に、気付いた、母親のバニラが、慌てて、マリアの元に、駆け寄った…  「…どうしたの? …マリア?…」  「…気味が悪い…」  マリアが、吐露する…  「…どうして、気味が悪いの?…」  「…だって、あの猿…人間みたい…矢田ちゃんが、なにか、言おうとしたら、矢田ちゃんの口を塞いで…」  私は、マリアの言葉で、以前、このバニラが、言ったことを、思い出した…  このマリアは、母親のバニラに、  「…猿が、苦手…」  と、告白したと言った…  「…どうして、苦手なの?…」  と、バニラが聞くと、テレビを指差して、  「…人間みたいだから…」  と、言ったそうだ…  そのテレビ画面には、猿が、温泉で、湯に浸かった光景が、映っていたそうだ…  それを、見て、マリアは、  「…人間みたいで、気持ち悪い…」  と、思ったそうだ…  そう、言われれば、わかる…  たしかに、そう、説明されれば、わかる…  そして、それを、聞いたとき、実に人それぞれだと、思った…  普通は温泉に猿が浸かっているのを、見て、誰もが、  「…カワイイ!…」  とか、言うものだ…  現に、若い女のコたちが、そう言うから、毎年、冬になると、テレビで、映す…  が、  たしかに、このマリアが言うように、  「…人間みたいで、気味が悪い…」  と、いうひとも、いるに違いない…  また、そう考えるひとが、いても、おかしくない…  考え方や、捉え方は、実に千差万別…  まさに、人それぞれだからだ…  私がそんなことを、考えていると、  「…マリアの言うことも、わかります…」  と、アムンゼンが、腕を組んで、したり顔で、言った…  「…たしかに、そう言われれば、そうです…」  と、言った…  私は、それを、見て、  …コイツは、信用できん!…  と、悟った…  自分の好きな女が、なにか、一言いえば、それを支持する…  つい、さっきまで、  「…太郎さん…太郎さん…」  と、太郎を呼んで、褒めていたのは、どこの誰だ?  と、言いたくなる…  女の言葉で、自分の意見を曲げる男など、信用できん!…  私は、思った…  思ったのだ…  すると、オスマンが、  「…オジサン…いくらなんでも…」  と、私と同じ意見を言った…  笑いながら、言った…  が、  アムンゼンは、  「…いや、ボクは、ただ、そういう意見もあるなと、言いたいだけだ…ただ、それだけだ…」  と、私の見方を否定した…  そして、  「…そんなことより、オスマン…マリアを連れてきて、ご苦労だった…」    と、オスマンに、言った…  すると、バニラが、  「…殿下が、マリアをここへ、連れて来たんですか?…」  と、尋ねた…  「…そうだ…」  「…どうして、ですか? …どうして、マリアを?…」  「…マリアを一人きりに、しては、危険だ…」  「…危険? …なにが、危険なんですか?…」  「…ボクに害をなす勢力が、マリアを狙ってくるかも、しれない…」  「…殿下に害をなす勢力って?…」  「…マリアは、バニラさんが、いれば、心強いが、一人では、危険です…たかだか、3歳の子供にしか、過ぎない…」  アムンゼンが、語る…  自分が、3歳の幼児にしか、見えないのに、語った(笑)…  そして、それを、見守る群衆にも、なにか、違和感が、生じたようだ…  たかだか、3歳の幼児にしか、見えないアムンゼンが、もしかしたら、なにか、違うかも?  と、気付いたのだ…  3歳の幼児にしては、態度が、あまりにも、堂々としている…  そんなアムンゼンの態度にも、違和感を感じたのだろう…  私たちを、囲む、群衆が、ざわつき出した…  私は、これは、マズいと、思った…  そして、それは、誰もが、同じだったようだ…  「…オジサン…早く、この場から去りましょう…」  と、慌てて、オスマンが、言った…  「…わかった…」  「…クルマは、こちらに用意してあります…」  オスマンが、告げる…  「…さあ、皆さんも…」  「…わかったさ…」  真っ先に、私は、言った…  が、  それを、見て、  「…それを、言うのは、矢田ちゃんじゃない!…」  と、マリアが、怒鳴った…  「…なんだと?…」  「…私よ、私…でしょ? …アムンゼン?…」  「…それは?…」  アムンゼンが、たじろいだ…  どう、返答していいか、わからん様子だった…  アラブの至宝と呼ばれた、優れた頭脳の男も、好きな女の前では、形無しだった(笑)…  だから、アムンゼンは、まるで、助けを求めるように、  「…オスマン…」  と、甥の名前を呼んだ…  すると、オスマンが、苦笑した…  そして、  「…アラブの至宝と呼ばれた叔父さんも、好きな女の前では、形無しだな…」  と、笑った…  それを、見て、太郎が、  「…キー…」  と、鳴いた…  まるで、オスマンの意見に、同意するかのように、鳴いた…  私は、あらためて、太郎は、オスだと、思った…  オス=男だと、思った…  男の心は、男にしか、わからん…  女では、無理…  この矢田やバニラでは、無理…  無理に決まっている…  太郎が、  「…キー…」  と、鳴いたことで、アムンゼンも、また、  「…そうですか? …太郎さんも、ボクの気持ちが、わかりましたか? …さすがです…」  と、言った…  実に、意味深に言った…  が、  それを、見て、またも、マリアが、  「…気持ち悪い…アムンゼン…その猿を人間扱いして…」  と、またも、不満を漏らした…  すると、アムンゼンは、困った顔をした…  好きな女と、好きな猿の間に挟まれ、どうして、いいか、わからん様子だった(笑)…                <続く>  
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