漱石の猫

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あれから数年が経った。 あの時彼が掴んでいたはずのその手は振り払うまでもなく、はなから存在していなかったようにするりと(ほど)けてしまった。 そして彼はひとりで先に暗闇の中に落ちていってしまった。 まるであの名の無い猫のように。 それなのに…。 (ほど)けてしまって無いはずなのに、彼女の手には彼の温もりがしっかりと今も残されている。 まるで今も手を繋いでいるかのように。 彼女はあれから今度こそ、その手を離さないように生きてきた。 居酒屋を開く事ができたのも、彼が居てくれたから。 彼女の名は…。 「女将さん。ビール1本!」 お客が()けて一息つく。 キュッと握り締めた温かな手。 その握った手の先にいる彼に、心の底からの笑顔を今日も贈るのだった。
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