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神聖域にて
王都を抜け、森の中の奥深くへと騎馬を並べ進む。
休憩を挟みながら馬を走らせること四日。
風景が変わり始めた。
鬱々と茂っていた雑草や木々が徐々に少なくなり、光が差し始めた。
そのまま森の中を行くと、黄金色に輝く草原が見えてきた。
本当に同じ森の中に居るのかと不思議に思うほどの美麗さに、セリスと、イアンは目を惹かれ、思わず立ち止まる。
「キレイ…」
「ああ、キレイだな。そろそろ近いのかもな。」
そして、その美しさに思わず呟いた。
イアンも彼女の言葉に同意をする。
それほどに美しく神秘的な草原であった。
しかし、いつまでも立ち止まっているわけにも行かない。二人は、再び馬を歩かせ進んでいった。
そうして、更に馬を進めること数時間。
「あ!あれかな!」
「かもな…」
セリスが突然、前方を指さして声をあげた。
イアンが彼女の指さした方向に目を向けると、その先は神々しく金色に輝く 聳え立つ一本の巨大な木があった。
他とは明らかに違う異彩を放つそれに、イアンは間違いないだろうと思うものの、実際に見たことがない為、曖昧に返した。
「やっと着いたか…。」
「長かったね…。」
「本当にな…」
少し疲れた顔をするイアンに、セリスは苦笑いを浮かべる。
「少し休む?」
「いや、良い。」
「そっか。じゃ近くまで行こう。」
二人は馬から降りて、近くの木に綱を繋ぐと、休む間もなく神聖樹の近くまで行こうと歩み出す。
少し近づいた所で、神聖樹の後ろに人影らしき物が居ることにイアンが気がついた。
"それ"は、二人を窺うようにじっと視ている。
イアンも同じように人影らしき物を警戒しつつ見返す。
(あれは何だ。人か?……今のところ攻撃してくる様子はないな。様子を見るか。)
イアンが思考を巡らせていると、金髪で十代くらいの少年のような風貌の、"それ"は彼らの方にゆっくりと歩いて二人の前まで来た。
「お前は誰だ?」
「僕はこの神域を守る者だ。まぁ、神聖樹の精霊のようなものだと思ってくれれば良いよ。君達がここに入ってきた時から視ていたんだ。」
「精霊、だと?」
彼は自分の後ろにセリスを隠すと、精霊だと言う"それ"に問いかけた。すると、金髪の青年のような精霊は、笑みを浮べて答えた。
人形の精霊がいるなんて聞いたことがない、イアンは訝しげな表情をして聞き返す。
精霊という言葉にセリスもピクリと反応する。
「あぁ。こういう姿の精霊は僕だけだ。ま、僕の事は良いだろう。それより本題に入ろうか。」
そう言うと精霊は、笑みを消し真面目な顔に変えた。
「君達は、何の用でここに来たのかな?」
「それは、私の魔法を…聖天魔法を覚醒させるために、ここに行くよう言われて…。」
「その魔法、久々に聞いたな。ここにはずっと誰も来ていなかったからね。そういう事なら、仕方ないね。君達の絆を見せてもらおう」
精霊がセリスに魔法をかけた。
すると、セリスは糸が切れたように地面に座り込んだ。かと思うと、数秒して、スクっと立ち上がった。
「……」
「セリス!大丈夫か!?…セリス?」
「………」
「無駄だよ。今の彼女に君の声は聞こえていない。」
しかし、その目に光はなく、イアンが呼びかけるが返事はない。それどころか反応も示さない。そんな彼女を見たイアンは憤怒し、精霊を睨みつけ怒声をあげる。
「こいつに何をした!」
「直に分かるよ。」
「どういう…!」
ことだ。と続けようとした言葉は続かなかった。セリスが、突然イアンに魔法で攻撃をしかけたのだ。
「!?」
イアンは瞬時にバックステップで避ける。
セリスが追撃してきたが最小限の動きで避けきり一旦距離を取った。
そんな一連を見ていた精霊に食ってかかるように言葉をぶつけた。
「まさか……洗脳でもしたのか!?」
「違うよ。これは僕は魔法で操っているだけさ。」
「似たようなものだろうが!早くセリスを元に戻せ!」
「全然違うよ。この魔法は聖天魔法を覚醒させる手助けをするものなんだ」
「何?」
セリスが放ってくる光弾を躱しながら、イアンは怪訝な顔で精霊を見やる。
すると、精霊はしたり顔で魔法の説明を始めた。
「僕の魔法はね、聖天魔法の使い手として、膨大な魔力を引き出せるようになる為の強化を促すんだ。」
「だったら、何で操る必要がある!こんな事する必要はないだろ!」
「言っただろう。君達の絆を見せてもらうと。君には、命がけで僕が彼女にかけた魔法を解いて戻してもらう。
ちなみに僕は手を出さないよ。頑張ってね。じゃ。」
(ちっ…。何が、じゃ!だ。ふざけんな!)
颯爽と神聖樹の下に戻っていく精霊にイアンは、苛立ち心の中で毒づいた。
しかし、今はそれどころではないと頭を切り替える。攻撃し続けてくるセリスを思案顔で躱しながら、打開策を考える。
セリスの体に傷を付けるわけにはいかない。だから反撃はしない。と言うか、そもそも出来る訳がない。
(どうすれば良い。どうすればセリスに傷一つ付けずに洗脳を解ける?精霊とか言う奴をやれば良いのか?)
イアンがそんな考えに至り、精霊の方に視線を向ける。それに気がついたのか、精霊は笑みを浮べて言う。
「あ、ちなみに僕を消した所で解けたりはしないよ」
思考を読まれたかのように、思ってる事の返事を言われ、イアンは苦虫を噛み潰したような顔をした。
(クソ!打つ手がねぇ!)
「セリス!目を覚ませ!セリス」
「………」
イアンは攻撃を避けつつ再び頭を悩ませる。そして、再びセリスに呼びかけるが、やはり返事はない。
それでも彼は、呼びかけ続ける。
祈るような気持ちで。
(どうする!何か方法は…)
彼が思考を巡らせていると、光の矢が右腕を掠めた。
「っ!」
イアンは、一瞬その痛みに眉を寄せる。
しかし、思考と動きを止めることはない。
考える時間限られている。ゆっくりとは考えていられない。
早くしなければ、彼女の魔力も限界が来てしまう。だから、彼としては、一刻も早く大切な恋人を元に戻したいのだ。イアンの表情に焦りの色が見え始める。
(これしかないか…)
彼は腹をくくった。
攻撃を避けるのをやめると、そのままセリスの所へと駆け出し、その勢いのまま彼女を抱きしめた。そして口づけをする。
「っ……、セリス戻ってこい!」
次第にセリスの深緑色の目から陰りが消え、元の綺麗な明るい色に戻った。それを見てイアンは、セリスは離した。
「あれ?私一体、何を…」
「戻ったか……。」
「イアン?ってイアン怪我してる!まさか私が!?」
「かすり傷だ、大したことはない。それに、お前の意思じゃなかったんだから、気にするな。」
「でも!」
自分が彼を傷つけた事には変わりはない。
セリスは自責の念に駆られ、瞳に涙をためて謝る。
「ごめん……私……」
「お前が謝る事じゃない。セリスが無事で良かった。」
「うん…、ありがと。」
落ち込んでいるセリスの頭を撫でるイアン。
そんな二人の所へ離れて見ていた精霊が、頃合いを見計らったタイミングで、パチパチと拍手をしながら近づく。
「おめでとう。まずは第一段階の試練はクリアだ。それにしても、熱烈な接吻だったね。」
「テメェ…。ふざけんなよ。」
「まぁまぁ、イアン。そんなに怒らないの。」
「お前な、操られたんだぞ!少しは怒れ!」
「うっ…。」
精霊に剣呑な双眸を向けるイアン。その目と声色には怒気が含まれている。
そんな彼をセリスが宥めるが、逆に咎められ言葉を詰まらせた。
「そ、それより一つ目ってことは、まだ何かあるの?」
「うん。あと二つあるよ。で、次の試練はね、神聖樹に生っている実を探して取ってきて。」
セリスが気を取り直して尋ねると、精霊はあっさりと答えた。
「神聖樹の実?それは、どんなのなんだ。色と形は?」
「うーん…色は銀色で形は…まんまる?だったかな…?」
「…なんでそんな曖昧なんだよ…」
イアンは、精霊に質問を投げかけた。
しかし、帰ってきた返事は抽象的な物で、彼は眉を寄せた。
今の説明で探せというのも無理な話である。これにはセリスも困惑顔をするしかなかった。
「なにせ久々だからね、うろ覚えなんだ。」
「はぁ…。まぁ良い。場所は?」
「それを言ったら、試練の意味なくなるから、教えないよ。自力で探して持ってきてね」
精霊は、そう言うとまた戻っていった。
「とりあえず探そう、イアン」
「あぁ…。そうだな」
セリスが苦笑いを浮べながら言うと、イアンは同意すると、二人は神聖樹の実を探し始めようとする。
ところが、ここで一つ問題が浮上する。
それは、神聖樹が巨大過ぎると言うことだ。あまりにも大きく登るのすら一苦労しそうな木を見上げて、二人は暫し呆然とする。
「この木をどうやって登れって言うんだ。無理難題にも程があるだろ」
「だからこそ試練なんだろうけど、流石にこれは…。」
イアンは悪態をつき、セリスは困ったような表情で言った。
しかし、やるしかないと二人は登り始めた。まずは先にイアンが登る。彼は風魔法で、自分を押し上げて一番下の枝に乗る。
そして、後から来るセリスを引き上げる。
「ありがと」
「おぅ…。俺は向こう探すから、セリスはあっちを探してくれ」
「ん、分かった」
「気を付けろよ。落ちたら洒落にならないぞ」
イアンは右側を、セリスが左側を探す。
探し終わると一段上に登る。ここからはイアンは風の魔法を使わずに地道に上がっていく。
そんな事を何度も繰り返し、神聖樹の大分上辺りまで登った頃、イアンが枝にぶら下がっている光る物を見つけたようだ。
「あったぞ」
「本当!?」
「あぁ…。」
彼は、セリスに知らせると手を伸ばし慎重に実をもぎ取った。
そして、その実を持って先に木から降りる。後からセリスが降りて来るのを待ち、彼女が地面に着くと持っていた実を手渡した。
二人は見つけた実を持って、木から降りると、精霊の所へと持っていった。
すると、精霊はそれを受け取り観察をするように見てから満足げに頷くと、次の試練を告げる。
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