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16.
買い物が一段落して、碧さんは喉が渇いたからと大型コーヒーチェーン店に入った。
こういうところも来るんですか?って、思わず訊いてしまったら。
来るわよ?って。
小夜香ともよく来るわ、だって。
コンビニはナシ、コーヒーチェーンはアリ。
基準がよくわからないんですけど…
しかも、やっぱり、運転手さんはずっと付いてくる。
小夜香さんの時と同じで、支払担当兼荷物持ち。
これはそういうものらしい…
今もカウンターで、オーダーした飲み物が出てくるのを待ってる、初老の、いかにも執事って感じの男性。
碧さんは「シバキ」と呼んでいた。
「アキくんは?よく来るの?」
「あ、はい」
美環と来ることが多いし、前は部活の帰りにも仲間と寄ったりしていた。
あとは、このバイトで。
冬馬とは、家でコーヒーを飲むことのほうが多い。
「そう。高校生、多いものね」
「ですね…」
「碧様。お待たせいたしました」
シバキさんが二人分の飲み物を持ってきた。
「ありがとう、シバキ」
「ありがとうございます」
「どういたしまして。では失礼いたします」
そう言って、離れていく。
気になって見ていると、またオーダーカウンターへ並んだ。
自分の分を買って、別の席で待つのかも?
何か、大変だな…
「飲みましょう」
「はい。頂きます」
マグカップの中の漆黒のコーヒー。
碧さんと同じ。
しばらく無言で、コーヒーに集中して。
一息ついた頃に切り出した。
「小夜香さんは、お元気ですか?」
「うん、元気よ」
「そうですか…」
「気になる?」
「………」
なるといえば、なる。
もう会わないと思ってたのに、また会うことになったから。
「小夜香にクリスマスの招待状をもらったでしょう?」
「あ、はい」
それも聴いてるんだ…それはそうか。
碧さんが主催するパーティなんだから。
「来られそう?」
「はい、行きます」
「あら」
碧さんが、意外そうな顔をした。
「それは良かった。小夜香が喜ぶわ」
そう言って笑う顔が、本当に嬉しそうで。
この人は、小夜香さんを大事に思ってるんだなってわかった。
「アキくん、ひとりで来るの?」
「いえ、友人…が、二人一緒です」
「そうなの。車、手配しましょうか?」
「大丈夫です」
電車で行けるって、冬馬が言ってた。
シンのことは知らないけど、きっと会場前で落ち合うとかだろう。
「それじゃぁスーツを用意してあげる」
「えっ」
「この前の時、思ったの。アキくんあのスーツとても似合っていたけど、サイズが合ってなかったでしょう?」
そう言われて、小さくため息をついた。
「…バレてたんですね」
あれは、シンに渡されたもの。
着てみてもしっくりこなくて、でも冬馬がうまく着られるように教えてくれた。
「私、アパレルも展開しているから」
そういえば、シンがんそんなことを言ってた。
やっぱり、普通の人とは見る目が違うんだなって思う。
「今思えば、女子高生がメンズのスーツを着るなんて無理があるってわかるの。むしろ、あれをよく上手に着こなしてたなって感心したくらいよ」
「…ありがとうございます」
今は、碧さんも私が女だって知ってる。
「小夜香がね、あれ以来アキくんアキくんてそればかりなの」
「そうなんですか?」
「うん。すっかり恋する乙女モードね」
「恋…」
「先週、会ったでしょう?」
「あ、はい…」
小夜香さんは、碧さんに全部話しているらしい。
「それまでは、もうすぐ会えるってずっとウキウキしていてね。なのに、土曜の夜に泣きながら押しかけてきたと思ったら、もう会えない、好きって言っちゃった、って大荒れ」
「え…」
あのあと、そんなだったのか。
「でも招待状を渡したっていうから、それならまた会えるわねって言ったら、あの様子じゃ来ないって言うの」
「………」
当たってる…
「結局そのまま泊まったんだけど、一晩中泣いてたわ」
当然、それに付き合ったんだろう碧さんは、思い出したように苦笑い。
「何か…すみませんでした」
「アキくんのせいじゃないわ。状況的にそうなって当然って思うもの」
そう言う碧さんの目。
何もかも見通してるような。
これで同じ高校生って言われても、正直すごく違和感がある。
生まれた家、育った環境の違いがもちろんあって。
でもそれだけじゃない、生まれつき持ってるものがあるんだと思わせる。
それは才能、みたいなものかもしれない。
「こういう仕事をしてるってことは、きっと、いろいろあったのよね」
マグカップを持ち上げて、口をつける碧さんを見ながら。
思った。
そういうのまで察しちゃうんだ、って。
「………」
「あの日、小夜香が袋いっぱいのお菓子とかパンを持ってきたの」
「あ…」
一緒にコンビニで買った、山程のお菓子。
あれを持って、碧さんに会いに行ったんだ…
「これどうしたのって訊いたら、アキくんと一緒にお買い物したって。それまでわんわん泣いてたのに泣き止んで、嬉しそうに説明するのよ?」
思い出して、くすくす笑う碧さん。
「ベッドの上に端から並べて、これは甘いの、これは塩味、これはバター風味、とかね。バター風味って知らないでしょう?って自慢そうなの。アキくんに教えてもらったから、自分は知ってるって。それはもう楽しそうだった」
しかも、半分ずつ食べましょうと言って、夜中まで付き合わされたらしい。
「お腹いっぱいになったわ…」
「………」
本当に申し訳なくなってきて、肩身が狭い。
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