家族の形

16/18
前へ
/377ページ
次へ
16.  買い物が一段落して、碧さんは喉が渇いたからと大型コーヒーチェーン店に入った。 こういうところも来るんですか?って、思わず訊いてしまったら。 来るわよ?って。 小夜香ともよく来るわ、だって。 コンビニはナシ、コーヒーチェーンはアリ。 基準がよくわからないんですけど… しかも、やっぱり、運転手さんはずっと付いてくる。 小夜香さんの時と同じで、支払担当兼荷物持ち。 これはそういうものらしい… 今もカウンターで、オーダーした飲み物が出てくるのを待ってる、初老の、いかにも執事って感じの男性。 碧さんは「シバキ」と呼んでいた。 「アキくんは?よく来るの?」 「あ、はい」 美環と来ることが多いし、前は部活の帰りにも仲間と寄ったりしていた。 あとは、このバイトで。 冬馬とは、家でコーヒーを飲むことのほうが多い。 「そう。高校生、多いものね」 「ですね…」 「碧様。お待たせいたしました」 シバキさんが二人分の飲み物を持ってきた。 「ありがとう、シバキ」 「ありがとうございます」 「どういたしまして。では失礼いたします」 そう言って、離れていく。 気になって見ていると、またオーダーカウンターへ並んだ。 自分の分を買って、別の席で待つのかも? 何か、大変だな… 「飲みましょう」 「はい。頂きます」 マグカップの中の漆黒のコーヒー。 碧さんと同じ。 しばらく無言で、コーヒーに集中して。 一息ついた頃に切り出した。 「小夜香さんは、お元気ですか?」 「うん、元気よ」 「そうですか…」 「気になる?」 「………」 なるといえば、なる。 もう会わないと思ってたのに、また会うことになったから。 「小夜香にクリスマスの招待状をもらったでしょう?」 「あ、はい」 それも聴いてるんだ…それはそうか。 碧さんが主催するパーティなんだから。 「来られそう?」 「はい、行きます」 「あら」 碧さんが、意外そうな顔をした。 「それは良かった。小夜香が喜ぶわ」 そう言って笑う顔が、本当に嬉しそうで。 この人は、小夜香さんを大事に思ってるんだなってわかった。 「アキくん、ひとりで来るの?」 「いえ、友人…が、二人一緒です」 「そうなの。車、手配しましょうか?」 「大丈夫です」 電車で行けるって、冬馬が言ってた。 シンのことは知らないけど、きっと会場前で落ち合うとかだろう。 「それじゃぁスーツを用意してあげる」 「えっ」 「この前の時、思ったの。アキくんあのスーツとても似合っていたけど、サイズが合ってなかったでしょう?」 そう言われて、小さくため息をついた。 「…バレてたんですね」 あれは、シンに渡されたもの。 着てみてもしっくりこなくて、でも冬馬がうまく着られるように教えてくれた。 「私、アパレルも展開しているから」 そういえば、シンがんそんなことを言ってた。 やっぱり、普通の人とは見る目が違うんだなって思う。 「今思えば、女子高生がメンズのスーツを着るなんて無理があるってわかるの。むしろ、あれをよく上手に着こなしてたなって感心したくらいよ」 「…ありがとうございます」 今は、碧さんも私が女だって知ってる。 「小夜香がね、あれ以来アキくんアキくんてそればかりなの」 「そうなんですか?」 「うん。すっかり恋する乙女モードね」 「恋…」 「先週、会ったでしょう?」 「あ、はい…」 小夜香さんは、碧さんに全部話しているらしい。 「それまでは、もうすぐ会えるってずっとウキウキしていてね。なのに、土曜の夜に泣きながら押しかけてきたと思ったら、もう会えない、好きって言っちゃった、って大荒れ」 「え…」 あのあと、そんなだったのか。 「でも招待状を渡したっていうから、それならまた会えるわねって言ったら、あの様子じゃ来ないって言うの」 「………」 当たってる… 「結局そのまま泊まったんだけど、一晩中泣いてたわ」 当然、それに付き合ったんだろう碧さんは、思い出したように苦笑い。 「何か…すみませんでした」 「アキくんのせいじゃないわ。状況的にそうなって当然って思うもの」 そう言う碧さんの目。 何もかも見通してるような。 これで同じ高校生って言われても、正直すごく違和感がある。 生まれた家、育った環境の違いがもちろんあって。 でもそれだけじゃない、生まれつき持ってるものがあるんだと思わせる。 それは才能、みたいなものかもしれない。 「こういう仕事をしてるってことは、きっと、いろいろあったのよね」 マグカップを持ち上げて、口をつける碧さんを見ながら。 思った。 そういうのまで察しちゃうんだ、って。 「………」 「あの日、小夜香が袋いっぱいのお菓子とかパンを持ってきたの」 「あ…」 一緒にコンビニで買った、山程のお菓子。 あれを持って、碧さんに会いに行ったんだ… 「これどうしたのって訊いたら、アキくんと一緒にお買い物したって。それまでわんわん泣いてたのに泣き止んで、嬉しそうに説明するのよ?」 思い出して、くすくす笑う碧さん。 「ベッドの上に端から並べて、これは甘いの、これは塩味、これはバター風味、とかね。バター風味って知らないでしょう?って自慢そうなの。アキくんに教えてもらったから、自分は知ってるって。それはもう楽しそうだった」 しかも、半分ずつ食べましょうと言って、夜中まで付き合わされたらしい。 「お腹いっぱいになったわ…」 「………」 本当に申し訳なくなってきて、肩身が狭い。
/377ページ

最初のコメントを投稿しよう!

2096人が本棚に入れています
本棚に追加