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17.
「中でも板チョコレートをね、すごく大事そうに食べてた。他は半分ずつって言ったのに、それは一口分しかくれなかった」
板チョコ…
「…それ、好きなチョコだって言ったやつ、です」
「そうなの?」
うん、と頷いて。
「帰る時に、1枚もらいました」
「そうなの…」
カップの中の、コーヒーが冷めていく。
わかってるのに、手が伸びなくて。
「小夜香さんは…」
「うん」
「…可愛いですよね」
「ふふ…、そうね」
お互いに微笑み合う。
「中身が少し幼いのかもしれない…。あとは感化されやすいのは間違いないわ。タカユキといる時もべったりだったし。最初の頃はね」
そうなんだ。
あれと付き合ってたのかって思ったけど、小夜香さんのことだから、その時はちゃんと好きだったんだろうなぁ…
「アキくんのこと、ね。お買い物したいって言ったのを覚えててくれた。一緒に行こうって連れてってくれた。何を訊いても丁寧に教えてくれた…って。もう、大絶賛」
「それは…、コンビニに入ったことがないって言ってたからです。特別なことじゃないんです…」
それがどうして今になって、申し訳ない気分になるんだろう。
いたたまれなくてうつむくと、碧さんの声が追ってきた。
「アキくんの気持ちもわかるんだけど…。でもやっぱりありがとう、かな。小夜香が喜んでるのは間違いないから。実はね…あの子、高校生になってから少し対人恐怖症みたいなところがあったの」
「え、対人恐怖症?」
「ちゃんと診断されたわけじゃないけれど、そんな感じね…体が成長して、異性の視線を集めるようになったのが発端で、学校でもいろいろあったの。私がフォロー出来るところはいいとして、一緒にいない時にね、露骨だったり嫌味っぽい言葉に傷ついたりしていたみたい」
確かに、小夜香さんは女性らしい体型、だった。
ぱっと見ただけでも人目を引く可愛らしさもあったと思う。
私は仕事が忙しいと学校には行かないからと、碧さんはさらっと言った。
「小夜香も私のような性格なら、標的にはされないんだけど…」
ふふふと意味深に笑うこの人は、確かに敵には回したくないタイプだと思う。
「とにかくそんな感じで、学校も休みがちになってしまって。タカユキのことがあって余計に、かな。守ってくれると思った相手があの通りの駄目人間で、全然頼りにならなかったし。変な執着を見せるようになったから逃げるみたいに別れたの」
「そんなことがあったんですね」
「ええ。だからアキくんと出逢って、その魅力に恋をしたんだと思うわ。あなたは素敵だもの」
「…そんなことないと思います、けど」
素敵なんて、言われたことがない。
違和感しかない。それに…
「女ですし…」
「うん、そうよね。でも私わかるの。小夜香は、アキくんの性別じゃなくて、優しさや誠実さに惹かれたんだと思う」
「………」
優しさって、どれのことなんだろう…
庇って殴られたこと?
買い物の約束を覚えてて、実行したこと?
でもどれも、仕事のつもりだった…
特別なことをしたつもりは、やっぱりなくて。
「アキくん」
「……はい」
「小夜香のこと、もし嫌いじゃなかったら…」
嫌いじゃなかったら?
でも続きを言う前に、碧さんの腕時計がピッと鳴った。
「あ…」
「…時間切れね」
その言葉を待ってたように、
「碧様、お時間です」
背後からシバキさんが現れた。
「わかった…シバキ、プライベート用を1枚」
「かしこまりました」
シバキさんが、スーツの懐からカードのようなものを取り出して碧さんに渡す。それを、
「アキくん、これ」
差し出されて、反射的に受け取った。
「名刺ですか…?」
「いいえ、仕事ではないから。ただのカードね」
でも、名前と番号とアドレスが書いてある。
「プライベート用なの。何かあったら連絡を下さい。クリスマスのことでも、他のことでも…」
この、意味ありげな視線の投げ方が、何故か似合う。
不思議な人だなって思いながら、
「わかりました」
と返した。
立ち上がる碧さんに、シバキさんがコートを差し出す。
袖を通しながら、
「スーツの件、もし良ければお友達の分も用意するから、あとで予定を調整しましょう?」
そう言い出した。
「いえ、それは…」
「いいの。私の大切な友人を笑顔にしてくれたお礼だから」
ぜひ、させてほしいのと言われて。
それ以上は強く断れない。
「それじゃ…、お言葉に甘えます。ありがとうございます」
「うん、良かった」
碧さんが綺麗な歯を見せて笑う。
それは、はっとするほど可愛い、年齢相応の笑顔に見えた。
「1週間以内に1度、連絡を入れてね」
「はい」
「じゃぁ、また」
「ありがとうございました」
手を振って、足早に出ていく二人を見送って。
時間を見たら、17時。
碧さんは、これから仕事?なのかな…
同じ高校生なのに。
すごいなぁ…
カップを手に取って、冷たくなったコーヒーを飲む。
窓の外を行き交う人を見ていたら、冬馬に会いたくなった。
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