誕生日プレゼント

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2.  セレクト雑貨の店で、秋野は手挽きのコーヒーミルを買った。  木製の抽斗式、上部が金属のレトロなミル。 一緒に買ったドリッパーは、ステンレスと陶器でしばらく迷って陶器の方になった。 「重いけど、何となくあったかい感じがする」 って言った秋野の表情が、ほっこりしてて。 こういう表情、初めて見たかもって思った。  最近の秋野は、少し子供っぽいところを見せてくれるようになった気がする。 初めて会ったバスの中で見たような、無邪気な笑顔も増えたと思う。 例のバイトの終わりが見えたからかな… シンに言われて、何故かセレブ主催のクリスマスパーティに出席することになったけど。 それが最後。 それで秋野は、あの違法っぽいバイトから解放される。 シンはさらに、8桁あった借金もなくなるって言ったらしい。 本当にそうなったら、秋野にとってはいいことずくめだ。 それが本当に、本当なら…だけど。 俺にも、たぶん秋野にも、思うところはあるけど。 とりあえず今、事態は動かないし。 つーか。 今心配すべきなのは、こっちだ。 「可愛くね?」 「モデルっぽいよな」 横断歩道の前で、並んで立つ俺達の方を見て。 いや、そいつら側に立ってる秋野を見て。 ボソボソ話してる野郎共よ… モデルっぽいのも可愛いのも承知してるが、人の彼女をジロジロ見るんじゃないっての。 「声かける?」 「や、向こう側にいるの彼氏だろ」 そーだよ。 彼氏だよ。 ちなみに、声掛けたらぶっ飛ばすから。 「俺、勝てそう?」 おー…やる気? 「どうかな…」 どうかな、ね… ……もう我慢できねー。 「え、冬馬…どうしたの?」 つないでた手を一旦離して、持ってた紙袋を持ち替えて、秋野とそいつ等の間に割り込む。 つーか、秋野も聴こえる距離にいるはずなのに。 きっと自分には関係ない話だと思って、聴き流してるに違いなかった。 あとで説教しよう、って考えながら。 「うん、別に?」 秋野に笑顔を向けて、前を向くと。 あ、もう信号変わるわ。 「げ…」 げ、じゃねーよ。 横目で見たら、明らかに怯んでる二人組。 悪いけど、外見の勝負なら俺の勝ち。 絶対こっちに聴こえるように言ってたあたり、性格も俺の方がマシだろうな。 でも俺は優しいから。 あからさまに怒ったりはしない。 「なぁ」 笑顔で声を掛けて。 「!?」 ぎょっとしてる奴らに、訊いてみた。 「勝てた?」 「!!」 こういうとこが、修くんに「性格悪い」って言われるんだろう。 「冬馬、信号変わったよ」 何も知らない秋野が、行こうって誘う。 「ん」 一斉に動き出す人の中を、秋野と一緒に歩き出す。  カフェRに向かうバスの中、最後部の席に座って揺られながら。 「そうなの?」 目を丸くしてる秋野に。 「そうだよ。何で気づかないかな…」 ちょっとふてくされて言ってみた。 「ごめん…。聴こえてたけど、自分のことだとは思わなかったよ」 だろうね、わかってた。 ひとつ、ため息をついて。 「気を付けて」 それだけ言ったら。 秋野は困ったような顔をした。 「気をつけたいけど…何をどうすればいいの?」 確かに…。 「こういうの、着ない方がいいかなぁ…」 「!?」 秋野がワンピースの裾をつまんで、しょぼんとしてしまった。 「秋野、違うよ」 「え、…違うの?」 「違うよ…」 だって、可愛い秋野は見たいし。 あぁ、もう… 「ごめん、俺が嫉妬しただけ」 「嫉妬?え…、したの?」 「ん…」 かっこ悪い… 「秋野は俺のって、主張したかっただけ」 「………」 そこで赤くなるなよー… 「ごめん。こんなの、困るよな…」 「ううん…平気」 「………」 「………」 「秋野」 「…ん?」 「手、つなご」 「うん…」 そろりと動かした右手を、秋野の左手に添える。 ひんやりとした指先が、手の甲にあたった。 バスが空いてて良かった。 今更なのに気恥ずかしいこの空気に、周りを気にせず浸れるから。  いつものバス停から歩いてカフェRに到着すると、もうお昼を過ぎてた。 「お腹空いたね」 「うん」 「座れるかなぁ…」 「どうだろ」 そう言いはしたけど、店内の混み具合からすると怪しい感じ。 でも、もしかしたら? 「いらっしゃいませ…あ、冬馬さん」 秋野さんも、と言いながら迎えてくれたのは恵さんだった。 「恵さん、こんにちは」 「こんにちは。良かった、お席キープしてありますよ」 「えっ」 「修くんが、コーヒー豆を買いに来る頃はお昼だから、食事していくだろうって」 「修さん、すごい…」 感心してる秋野を横目に、俺は予想通りの展開をこっそり喜んでた。 木曜日、秋野のアパートから帰る車の中で。 日曜は昼前に街で少し買い物してからそっちに行くって、伝えておいたから。 週末のランチの時間帯、カフェは混み合う。 春から恵さんという強力な戦力が加わったお陰で、どうにか回ってるけど。 実際、彼女の出来の良さは素晴らしくて。 修くんと俺がフロア業務を教えたら、ほとんど一回で覚えちゃうし。 琉さんからキッチン業務を教えてもらっても同じようなもので。 今となっては完全に、このカフェになくてはならない人材だった。
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