誕生日プレゼント

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3.  それぞれランチセットをオーダーして、窓際に用意してもらった席についた。 椅子に座ってテラス席の方を見た秋野が、 「ねぇ、冬馬」 こそっと話しかけてくる。 何で内緒話っぽいの? 「うん」 「どの席?」 「?」 「修さんと恵さんの…」 「あぁ。それならあの、一番奥の…」 「あ、あの空いてる席?」 「そう」 「ふぅん…」 頷きながら、テラス席の中で今唯一の空席を眺める秋野。 頭の中では、俺が話したあの二人の馴れ初めを反芻してるんだろう。 秋野と皆木家の距離が少し縮まったような気がするのは、真咲くんと会った日以来だ。 その前も兆しはあったけど。 真咲くん特有のあの不思議な魅力に、秋野もすっかりやられたなって思う。 遠慮がちだった距離の取り方が、自分から近付こうとする様子が見えるようになった。 そうやって、少しずつこっちに来てくれたらいい。 ゆっくりでもいいから。 一緒にいるのが、当たり前になっていけばいい。 次は琉さん、かな… 修くん、恵さん、真咲くん、ときたから。 あとはとどめの琉さん、だ。 琉さんは人柄でも料理の腕でも、どっちでも秋野の心を掴むだろう。 俺の家族はその後かな~… なんて、考えてたら。 「お待たせしました」 「あ」 修くんが、パスタとサラダのプレートを運んできてくれた。 「秋野さんがナポリタン?」 「はい」 「じゃぁ、冬馬がカルボナーラ、ね」 それぞれの前にパスタとサラダが並ぶ。 「美味しそう…頂きます」 嬉しそうな秋野。 手を合わせてペコっとする姿を、修くんがニコニコしながら見てる。 「コーヒーは後にする?」 「あ…、うん」 秋野と目配せしながら頷くと、修くんは了解、と言って戻って行った。 「秋野、食べよう」 「うん」 「一口ちょうだい」 「いいよ。私もそっち食べたい」 「ん、いいよ」 そんなふうにして。 ジェラートの時みたいに、ふたつを一緒に食べる感じになる。 俺と秋野はこういうのが多い。 「美味しいね!何だろ…ちょっと懐かしい感じ…?」 「わかる。琉さんのナポリタンほんと美味しいよな。カルボナーラはリッチ感がたまんない」 「だね。すごい、美味しい…」 お互いのプレートを、二本のフォークがいったりきたり。 感想を言い合って同じ意見だったり、違っていてもそれが新鮮だったりする。 秋野とだと、そういうのが楽しい。 で、今度一緒に作ってみようかって話になったりするから。 新しい楽しみも出来る。 「お待たせしました」 食べ終わったと同時くらいで、今度は恵さんがコーヒーを持って来てくれた。 「秋野さんもブラックで大丈夫ですか?」 「は、はい…」 「………」 秋野は何故か、恵さんの前だと少し緊張する。 目が合いそうになると、さっと逸らすし。 でも恵さんが違う方を見てると、その横顔をじっと見てたり。 何でそんななのか、わかんないけど。 コーヒーを置いた恵さんが、 「今、デザートも持ってきますね」 と言った。 「「デザート?」」 ハモった俺達の顔を見て、ふふっと笑った恵さんが、 「琉さんが、バースデーケーキの代わりにって言ってました」 そう続けた。 「あぁ…そうなんだ」 「お待ち下さい」 優しい笑みを残して、恵さんがカウンターへ戻っていく… のを、秋野がぼんやり見ている。 「秋野?」 「…うん、何?」 「恵さんのこと、好きでしょ」 「えっ」 驚いたみたいにこっちを向くけど。 「う、うーん…」 曖昧な返事で、ごまかそうとしてる…でもなさそう。 「何か…、うん。好き、かも…?」 「………」 そんなに恥ずかしそうにされるとなー… ちょっと不安になってくる。 まさかとは思うけど。 「…俺より?」 気になるから訊いてしまう。 「え、そうじゃないよ。冬馬の好きとは違うよ…」 困り顔の秋野の言葉に、内心ほっとする。 でも、余計に気になる… 「ふーん…じゃぁそれって、どんな好きなの?」 「んー…」 考えてる、秋野が。 口を開いては閉じる、を二回繰り返したあと。 「たぶんだけど…。お母さんっぽい、から…」 そう言った。 俺は、意外な答えに驚いて。 「…お母さん、ああいう感じの人?」 質問を連発してしまう。 写真とか、見たことないから知らないんだけど。 「ううん、顔とか見た目は全然違うんだよ。タイプ…も、違うと思う。でも」 雰囲気みたいなものが、似てる気がする。 と、秋野は言うのだった。 だからなのか。 少し切ないような表情で、恵さんを見るのは。 「そっか…」 恵さんは修くんより十歳歳上。 真咲くんがいるし、母性はあると思う。 仕事もできるけど。 料理も家事もできて、文句なく家庭的。 何より、ふんわりしてて優しい。 言われてみたら確かに、お母さん的な雰囲気をまとってる。 俺は今まであの人を、修くんの彼女とか奥さんとしてしか見てなかったから、気付かなかったんだろう。 その恵さんが、またトレーを持ってやってきた。 「カスタードタルトです」 「わぁ…」 置かれたのは、紺色のプレートに乗せられたタルト。 去年から登場した、クリスマス限定のデザートだった。 とても好評だったので、今年も同じように提供することになった。 オレンジ色のビオラが1輪のってて、それがプレートの色を引き立てている。 俺の前には、深緑色のプレートが置かれた。 ビオラは赤紫。 こっちもシックと華やかさを兼ね備えた、クリスマス仕様。 「きれい…」 「しかも美味しいから」 「だよね!」 見ただけでもわかる、と嬉しそうな秋野を見ている恵さんも嬉しそう。 「どうぞ、召し上がって下さい」 「あ、ありがとうございます」 この二人、相性良さそう… デザートフォークを手に取りながら、そう思った。
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