悪い奴と優しい奴

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4.  家に着いて、部屋着に着替えた。 あのまま道中、美環にいろいろ訊かれて。 すっかり疲れてしまった。 月曜はただでさえ憂鬱なのに…  喉が渇いたので冷蔵庫から牛乳を出してカップに注ぐ。そのまま一気飲みして、カップを洗った。  それでも何となく息苦しい気がして、部屋の窓を開けた。薄暗い外から流れ込む冷たい空気を胸いっぱいに吸い込むと、やっと気分がすっきりした。  どうしてこんなに気が重いのか、わかっているけど気付かないふりで勉強を始める。 でも時間が気になって。 広げたノートはいくらも進まなかった。  インターホンが鳴ったのは、19時過ぎ。 彼はいつもこの時間にやってくる。 ピンポン、という高い音で手に力が入って、シャープペンの芯がポキ、と折れた。  待っていたわけじゃない。 来なければいいとすら思っていたはずなのに、体が勝手に立ち上がって玄関ドアを開けた。  ドアの向こうにはいつものように、夜を背にした男が立っていた。 暗い色のスーツ。 赤紫色のシャツと、クリーム色のネクタイ。 「こんばんは、アキくん」 にこっと笑ったその顔は、初めて見たときと変わらず天使のよう。 白い肌と、大きな明るい茶色の目。 非の打ち所のない鼻、完璧な形の唇。 長髪で、金髪に近い茶髪だから余計に天使っぽいのかもしれない。 でも天使は、両耳に片手じゃ足りないほどのピアスはしていないだろうし、見える範囲の首や腕にびっしりの入れ墨もないだろう。 日本人じゃないのかも、とも思うけど。 日本語は上手い。 「…こんばんは」 「あれ、元気ないですね」 「…いえ、元気です」 「それならいいですけど」 僅かに首を傾げるような動作をして、 「お勉強中でした?」 そう訊いた。 何ていうのか、自分の魅せ方を知ってる、ような感じ。 そういうの、ちょっと鳥肌が立つっていうか。 「はい」 全然捗ってなかったけど、そう答えた。 ノートに向かってたのは本当だし。 「それはすみませんでした。お邪魔でしたね」 「………」 「それじゃ。これ、先週分です」 差し出された茶封筒。 未だに、受け取るのを躊躇ってしまう。
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