悪い奴と優しい奴

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6. 「え、フォーマル…?」  ダークグレーのスーツっぽいのと、薄い色のシャツ、紫系のネクタイが入ってるのが見える。 重さからして、底には靴も入ってるっぽい。 「お客様、けっこういいとこのお嬢様みたいで。お友達のお誕生日パーティに行くんだそうです。そのお供をご依頼いただきまして」 予約が入ってるのはわかっていたけど、詳細まではまだ聞いていなかった。 「でもそこまで格式高くなさそうですよ。場所もホテルじゃなくレストランですから、それっぽいのを用意しました」 それっぽいのって言ったって。 スーツなんか着たこともないのに。 ネクタイだって締めたことはない。 「………」 戸惑う心中を察してか、シンがくす、と笑った。 顔だけを見たらやっぱり天使だ。優しそうだし、綺麗だし。 「当日、手伝いましょうか?」 その口調だって穏やかで、何なら甘えたくなるような響きにも聴こえる。 でも、同時に頭の中で警報も鳴るのだ。 「い、いえ。大丈夫です」 この男に手伝ってもらうくらいなら、自分でどうにかする。 まだ4日もあるんだし、きっとどうにかなる。 内心焦っているのをどうにか抑え込んで、シンの目を見返した。 こういう時は、目を逸らさないほうがいい。 「そうですか?…残念」 …何が? という疑問はさておき、 「じゃぁまた」 と言って、今度こそドアを閉めようとしたら、シンが「ねぇアキくん」と話しかけてきた。 「はい?」 「ご飯食べに行きませんか?」 きた。 「すみません…もう済ませたので」 「…本当に?」 嘘だけど。 この男と食事なんか行ったって、絶対に美味しくないし楽しくもない。 蛇に睨まれた蛙状態になって、味なんかわかりっこないに決まってる。 「本当、です」 聞き返されてる時点で嘘だっていうのはたぶんバレてるけど、こっちはそれを押し通すしかなかった。  大体、毎回こうやって誘ってきて、毎回こうして断っているのに。 何でいつも誘うんだ…  それでも下がらないシンが邪魔で、ドアが閉められない。 何か言うべきか迷いながら見つめ合っていたら。 急に場違いな音楽が流れてきた。
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