悪い奴と優しい奴

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7.  何だっけこれ…運動会でよくかかる… 天国と地獄? その曲が流れた途端、シンの澄ました顔がぐしゃっと崩れた。 「うわ…何で今?」  ぼそっと出た声がさっきまでとは別人の低さ。 心底嫌そうな顔をしてポケットからスマホを取り出し、液晶を見た。 「クソが…」 とつぶやいて、さっと応答ボタンを押して耳に当てる。 「はい、ボス。御用ですか?」 ボスって。 いかにも裏っぽい。 そして営業っぽい声。 「はい、はい…え、その件は俺じゃ…はぁ」  何の電話でもいいけどあと2歩、後ろに下がってほしい。 そしたらドアが閉められる。 そうすれば、また1週間はこの男に会わずに済む。 のに、シンはその場から動かなかった。 「…わかりました。すぐに行きます」  そう言って、通話を終了するまで。 どうしようもなくて、ドアノブに手をかけたままでひたすら待ってた。 シンはスマホをポケットに仕舞うと、また胡散臭い笑顔に戻ってこっちを見た。 「呼び出されちゃったので帰ります。食事は今度にしましょう」  こっちの意見なんかお構いなしに、勝手に約束されてしまった形だ。  断ろうと口を開く前に、シンが一歩、こっちに向かって踏み出してきた。 天使の顔が至近距離まで近付いたと思ったら。 「美味しいお店、予約しておきますから」 耳元で、囁くような声でそう言った。 同時に、何とも言えない甘い香りがして。 くらっと。 視界がぼやけたような気がした。 手も足も動かせなくて、目だけで追ったその先で。 蜂蜜色の両目が、悪魔のような蠱惑的な光をたたえてこっちを見ていた。
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