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14.
「そういうこと言うの、やめな?」
遮った冬馬がそう言った。
顔が笑ってる。
ちょっと困ったような笑顔だけど。
「…え、何で?」
お礼を言ったら駄目なんだろうか。
小さい頃から、母に繰り返し教えられたのは、「感謝の気持ちを忘れないこと」と「それを相手にきちんと伝えること」だった私は、良くしてもらったことにはお礼を言わないと落ち着かない質だ。
この前は動揺してたし、苛ついてもいて、思いつきもしなかった。
だから今日はちゃんと言おうと思ったんだけど。
「…俺はさぁ」
正面に向き直った冬馬が、真っ直ぐにこっちを見た。
「秋野と手をつなぎたいとか、キスしたいって、頭の中で考えてる男なんだよ」
さらりとそんなことを言って。
じっとこっちを見ているから、つい見つめ返すんだけど。
冬馬の目の、見つめる力、みたいなのがすごく、すごく強くて。
目が離せなくなって、困る。
何なんだろう、この…
何かもっと、言いたそうな顔。
見てると、キスは嫌だけど、手くらいつないだっていいのかも?とか思ってしまう。
減るようなものでもないんだし…
土曜にカナさんとだって、つないだじゃん?
でもあれは、対価をもらってしたことだった。
冬馬とするなら、お金じゃない、もっと別の理由が必要なはずで。
それがないから、つながない。
これで合ってるんじゃないの…?
しばらく無言で見つめ合って、でも何も言い返せない私に、冬馬がふっと笑った。
「そういう奴に、そうやって感謝したり隙があるとこを見せたら駄目でしょ」
「………」
そう、なんだろうか。
そんなこと言ったって、感謝はするし。
むしろ、ご馳走してもらったのに感謝もしないなんて、そっちの方がおかしいじゃん…
隙があるとこっていうのもよくわからないんだけど。
それってどこ?
そういう疑問を言葉にすればいいのに、冬馬の雰囲気に押されて言えなくて。
口にしたのは、
「いや、そんなことないと思うけど。…冬馬はそうなの?」
何だかすごく曖昧なことだった。
「うん。秋野、今も隙だらけだからね?それで、俺は下心だらけだから」
覚えときな、と言って冬馬はまた前を向いた。
「ほら、行こ」
「………」
言いたいことばかり言われて、こっちはほとんど何も言えなかったけど。
不思議と今日は腹も立たなくて。
また、並んで歩いた。
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