悪い奴と優しい奴

14/16

1905人が本棚に入れています
本棚に追加
/377ページ
14. 「そういうこと言うの、やめな?」 遮った冬馬がそう言った。 顔が笑ってる。 ちょっと困ったような笑顔だけど。 「…え、何で?」 お礼を言ったら駄目なんだろうか。 小さい頃から、母に繰り返し教えられたのは、「感謝の気持ちを忘れないこと」と「それを相手にきちんと伝えること」だった私は、良くしてもらったことにはお礼を言わないと落ち着かない質だ。  この前は動揺してたし、苛ついてもいて、思いつきもしなかった。 だから今日はちゃんと言おうと思ったんだけど。 「…俺はさぁ」 正面に向き直った冬馬が、真っ直ぐにこっちを見た。 「秋野と手をつなぎたいとか、キスしたいって、頭の中で考えてる男なんだよ」 さらりとそんなことを言って。 じっとこっちを見ているから、つい見つめ返すんだけど。 冬馬の目の、見つめる力、みたいなのがすごく、すごく強くて。 目が離せなくなって、困る。 何なんだろう、この… 何かもっと、言いたそうな顔。 見てると、キスは嫌だけど、手くらいつないだっていいのかも?とか思ってしまう。 減るようなものでもないんだし… 土曜にカナさんとだって、つないだじゃん? でもあれは、対価をもらってしたことだった。 冬馬とするなら、お金じゃない、もっと別の理由が必要なはずで。 それがないから、つながない。 これで合ってるんじゃないの…?  しばらく無言で見つめ合って、でも何も言い返せない私に、冬馬がふっと笑った。 「そういう奴に、そうやって感謝したり隙があるとこを見せたら駄目でしょ」 「………」 そう、なんだろうか。 そんなこと言ったって、感謝はするし。 むしろ、ご馳走してもらったのに感謝もしないなんて、そっちの方がおかしいじゃん… 隙があるとこっていうのもよくわからないんだけど。 それってどこ? そういう疑問を言葉にすればいいのに、冬馬の雰囲気に押されて言えなくて。 口にしたのは、 「いや、そんなことないと思うけど。…冬馬はそうなの?」 何だかすごく曖昧なことだった。 「うん。秋野、今も隙だらけだからね?それで、俺は下心だらけだから」 覚えときな、と言って冬馬はまた前を向いた。 「ほら、行こ」 「………」 言いたいことばかり言われて、こっちはほとんど何も言えなかったけど。 不思議と今日は腹も立たなくて。 また、並んで歩いた。
/377ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1905人が本棚に入れています
本棚に追加