俺のこと

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6.  冷蔵庫から出されたペットボトルのお茶を受け取ってその冷たさに身震いしたら、気付いた秋野がエアコンを入れた。 「ごめん、温かいの出せないんだ。カップがないから」  自分のマグしかないんだから、それはそうだろう。 「いいよ。これで」  そう言いつつ、ジェラートと夜風で冷えた体に冷たいお茶は無理で、喉も乾いていないし別にいいやと思った。  それよりちらっと見た冷蔵庫の中身の方が気になる。 ほとんど空っぽで、牛乳のパックと、渡されたのと同じペットボトルだけがかろうじて見えたけど。 え、夕食はどうすんの? 秋野って女子高生、だよな? 制服、着てるもんな…? でも冷蔵庫、激務の独身サラリーマンみたいじゃなかった…?  相変わらずの、突っ込みどころの多さ。 「なぁ、何で一人暮らしなの?」  我慢できなくて。 クローゼットを開けてガサガサしている秋野に訊いたら。 「いろいろ訊くのはやめてって、言わなかったっけ?」 お茶より冷たい声が返ってきた。 「………」 そうだった。釘を刺されてたんだった。  土曜と違って、今日は険悪な雰囲気ではなかったから、つい。 「そうだった。ごめん」 「…まぁ、いいけど」 いいんかい… 「母親が亡くなって1人になったから」  それまでのアパートを引き払って引っ越したのだと、秋野は言った。 「親子二人だったから、前のところもそんなに広くはなかったんだけど。でもまぁ、お金の事情でここに引っ越したわけ」  淡々とした口調に悲壮感はないけど。 それが少し不自然な気もした。 「…お母さんは…って、訊いたら駄目?」 「…病気」 「…そっか」 「それより」  紙袋を手にした秋野がクローゼットを閉めた。 「これなんだけど、ネクタイも含めて何か、うまく着られないっていうか…」 「あぁ…、どれ?」  ネクタイも含めてって、どういうことだ? 覗き込んだら、紙袋の中身はスーツ一式で。 パッと見た感じ、かなり高級そうだった。
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