俺のこと

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8.  モヤッとはしたけど。 秋野に頼み事をされて悪い気はしてない俺は、何でもないように表情を取り繕った。 「それじゃ、一通り着てみてネクタイの練習する?」 「あ、うん…」 あからさまに、ほっとしちゃって。 本当にいろいろ訊かれるのが嫌なんだな。 「じゃぁ俺、少し先にあったコンビニ行ってくるから。その間にスーツ着といて」 「え、コンビニって?」 「夕飯買ってくる。食べられないものある?」 「ないけど…」 何で今?みたいな顔をした秋野に、ため息をついて見せた。 「あのね。俺が、ここで、着替えてるの見てていいわけ?」 隠れるようなところはないし、この空間では背中を向けてたって音や空気の流れで様子が伝わってきてしまう。 そこまで言われて意味がわかったらしい。 「あ…よくない、です。ごめん」 「ん…、じゃぁ行ってくる」 「うん」  今更だけど、秋野ってあんな感じだったっけ? 100m先のコンビニの、明るい看板を見つめながら歩く。  土曜は初対面の続きみたいな状態だったから、 警戒されてあんなのだったのもわかるんだけど。   今日はジェラートを一緒に食べたし、家にも上げてくれたし、ハードルはかなり下がったはずだ。  でも何か、硬い。 硬いというか… バスに乗り合わせたあの時は、もっと人懐こい印象が強かった。 チョコを食べてる時、バスが揺れてもチョコが無事だと言った時、下車してから窓辺の俺に手を振った時。 笑窪まで見せてたよな… そう、満面の笑みだったから幼く見えて、年下の男子かと思ったんだ。  今は、あの笑顔の欠片もないというか。 この前は俺が怒らせたせいもあったんだろうけど。 比べると別人みたいにも思える。 それくらい雰囲気が、全然違う。 子犬が野良猫になっちゃったみたいだ。  それでいて、今日はしっかり女子だった。 制服だから当たり前なんだけど、スカートをはいたら急に女子になってて驚いた。 髪が短くても、素っ気ない返事ばっかでも。 冬馬、って名前で呼ばれたら、久しぶりに恋人がいる時の感覚が湧き上がったくらい。 ジェラートを一緒に順番で食べたのも、それっぽくて。 気付いたら、思ってた以上に楽しんでた俺がいた。  面白そうだから近くで見てたい、気持ちよさそうな唇だからキスしてみたい。 それは変わらないけど、並んだら何故か手をつなぎたくなって。 駄目だと言われちゃったけど。
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