俺のこと

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10.  アパートに戻ったら、ドアを開けた秋野がスーツ姿だった。 あ、似合う… そうだろうと思ってたけど、想像以上に似合っていた。  ダークグレーのスリーピース、ライトベージュのシャツ。 青みの強い紫のネクタイ、は首にかけてあるだけだけど。 「おかえり」 と言われて、 「うん…似合うね」 ただいまじゃなくて、そう言ってしまったくらい。 さっきまでは制服で、The、女子って感じだったのに。 今は細身のイケメンだ。  これを用意したのは誰だ? 何故か、またそれが頭をかすめた。 それを振り切るように、 「お弁当買ってきた。先に食べない?」 温めてきたからと言ったら、秋野はうんと頷いた。 「どっちがいい?」 「えーと…こっち」  幕の内が秋野、チキン南蛮が俺ということになり。  テーブルがないので床に直座り… それで、思った。 「やっぱ先にネクタイやろっか」 「え、そう?」 「うん。食べて汚してもまずいし、スーツで座るとシワになるから」  洗濯はともかく、この部屋にアイロンがあるようには見えない。 「あぁ、そうだよね…」  それじゃ、と言いながら秋野がネクタイを手に取った。 「昨日、動画を見ながら練習したんだけど…」  何かきまらないんだよね、と言いながら、たどたどしい手付きで結ぼうとする。 ていうか、最初から違ってるけど… 「秋野、最初は幅の広い方を長く」 「…そうだっけ?」 「うん。で、交差して…」 「こう?」 「そうそう…くるっと」 「回して…もう一回?」 「うん…」 「…もう一回?」 「いや、何回巻くつもり?」 「え、ごめん」 2回か…と呟きながら、ネクタイの先端を手に迷う秋野が、何故か可愛いく見える。 と、思ったのも束の間だった。
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