俺のこと

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11.    距離が近すぎる。 30センチ先の、一生懸命な人の小さな顔に、手を伸ばしそうになってる自分に気づいて、我に返った。 俺、今、キスしようとしてなかった…? 気づいてしまったら、落ち着かない。  秋野の不器用はなかなかで、やり方はわかっているのにうまく出来ないという状態。 そわそわしている俺の前で、解いてはやり直し、また解く。 「細かい作業、苦手?」  黙っている程そういう気分になる気がして、訊いてみた。 ネクタイ結ぶのなんか、細かいというほどでもないんだけど。 秋野は迷わず「うん」と言うから、不器用の自覚はあるらしい。 指先が器用な俺から見ていると、なんで出来ないの?レベル。 でもそうは言えないから根気よく教えるしかなくて。  どうにか形になったのは、20分以上も経ってからだった。 俺にとっては、ちょっとした拷問みたいな時間だったけど。 秋野の方はほっとしたような顔をしている。  シャツとスーツは秋野の言う通り、よくよく見ると微妙にしっくりきてない状態。身長は合っているけど、ウェストや肩の位置、袖の長さが少しずつ合ってなくて。 一見して大丈夫でも、本人的には違和感があったらしい。  そうは言っても、丈詰めなんかは俺にはできないし、ウェストはベルトで誤魔化すしかなかった。  オーダーメイドでもない男性用のスーツを、女子高生が完璧に着こなすのは無理がある。 「これ以上は無理だと思う…どう?」 「うん、大丈夫でしょ」  もういいでしょ、みたいな楽観的な言い方に苦笑いしてしまう。  昨日、自分でやったのより良くなったからもう大丈夫。 そう思ってるのが丸わかりだ。 「秋野って、細かいことは気にしないタイプ?」 「うん」 即答だし。 「ご飯食べようよ」 ジャケットを脱ぎながらそう言うので、 「だな。腹減ったわ」 俺も同意した。 「鍋、借りていい?お湯沸かしてさ…」  味噌汁を、と説明する目の前で、秋野はベストも脱いでジャケットと一緒にソファに放り投げ、ネクタイもするりと引き抜いた。  脱ぐのは速い。 「お味噌汁?久しぶりかも」 嬉しそうじゃん… じゃなくて。 待て待て、何でベルトを外してんの?
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