俺のこと

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16.  でも、それをそのまま伝えるのには抵抗がある。 まるで、秋野のことを好きだと言ってるみたいだし。 いや、それに近い、ような、状態な…気はするけど。 でもまだ… まだ、言いたくない。  大体、秋野が俺のことを全然好きじゃない。 これじゃ伝えたところで、付き合ってくれるはずもない。 手だって駄目だったし…  まず、好きになってもらわないことには、俺の目的は達成できないわけで。  修くんだって3ヶ月も片想いしてたんだから。俺だってやれるはず… 「私、食べるのに困ってるわけじゃないよ」 パンの袋を指さして、秋野が言った。 「あ、そう…」 それしか言えない俺。 でも良かった。秋野は生活が苦しいわけじゃないらしい。 「でも、パン好きだから嬉しい。半分こしようよ」 「…うん」 そんなわけで、袋から出して並べたパン10個を順番で選んで5個ずつに分けた。 「これ美味しいんだよ。知ってる?」 生クリームがサンドされたコッペパン。 俺は食べたことがなくて首を振る。 「知らないか。じゃぁ今一緒に食べよ」 デザートだね、と嬉しそうな秋野。 「いい、けど。そんなに食べられる?」 「うん、半分なら余裕」 けっこう食べるんだな…細いのに。 また、お腹を思い出してしまう。 秋野が袋を開けて、大雑把に半分に割って、片方を差し出した。 「はい」 「うん」 受け取ったパンを、同時に口に運んだ。 「あ…、うまい」 シンプルで、甘すぎなくて。 「ね」 もぐもぐしながら、同じくもぐもぐしている秋野を見る。 これだけで楽しいのって、やっぱり…? 「遅くまでごめんね。引き留めて」 「いや、平気。俺が長居してて、ごめんだわ」 彼女とか彼女じゃない女子の家に行くことって、今までほとんどなくて。 相手が一人暮らしだと、自由すぎて時間の感覚も怪しくなると知った。 非常識だったかも。 時計の針はもうすぐ20時を指している。 「ネクタイのこと、助かったよ。ありがとう」 「うん。またわかんなくなったら言って」 「たぶん大丈夫だと思うけど…」 「うん、でもメッセージくれたら何とかするから」 そうは言っても、明日から土曜まではバイトだ。 年明けからもうずっとクローズまでが勤務時間になっているから、秋野と会おうと思うとそれは難しい。  でも、どうにかなる。 言ってくれたら、協力する。 当然のようにそう思う自分に少し驚くけど。 「やっぱり優しいね、冬馬」 そう言った秋野が笑った。 「いろいろ奢ってもらったし、ネクタイも教えてくれたし、今度は私の番だね」
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