再会

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6. 「違うの?」 「………」 ていうかこの人、誰だっけ?  何となく不安になって、置かれたままの手を払うように、肩から腕を振る。 「あ、悪い。嫌だった?」 そういうわけじゃないけど。 この格好のときは、あまり喋りたくないから。 曖昧に頷いたら、相手は首を傾げた。 「もしかして…、俺、忘れられてる?」 面白がるような表情でそう訊かれて、やっぱり見覚えがあるのは気の所為じゃなかったと気付く。 でも、思い出したわけじゃない。 「………」 「はは、警戒されてるな」  自分よりも背の高い相手を、下から睨むみたいにしていた。 わかっているなら、さっさと去ればいいのに。 その気はないらしい。 「まぁ、半年以上も経ってたらそんなもんか…」 そう言って、少し考える素振りをしたあと。 「じゃぁヒント1ね」 「………」 「バレンタイン」 「………」 「だめか。じゃぁヒント2」 バス停、と言われてもさっぱり。 こっちが無反応でいるのに、相手は楽しそうな顔をしている。 「記憶力悪いね」 おまけに失礼。 「それじゃ、最後のヒント。俺、あんたにチョコレートあげたんだけど」 チョコレート… 「あっ…」 あの時だ。 急激に記憶が戻った。 2月、練習試合の帰り。 バスに乗り遅れそうだったけど何とか間に合って、乗り合わせた隣の男にチョコレートをもらった。 バレンタインの豪華でおしゃれなチョコを、惜しげもなく差し出した男前だ。 「思い出した?」 「…はい」 苦い思いで返事をしたら、相手はニヤッと笑った。 そうだよ、この顔。 大人びた感じの、涼し気な目。 見覚えがあるはずだ…  あの時、本当にお腹が減ってて。 部活の後で、雨の中を全力疾走したからもうふらふらで。 隣の男前がくれたチョコが、びっくりするほど美味しかった。 「それじゃ、返してもらおうかな?」 「え?」 「とぼけるなよ。食べ物の恩は忘れないんだろ〜?」 「………」 そういえばそんなことを言った。 どこかで会えたらお礼をしようって、あの時は本当に思った。 でも名前も何も訊かなかったし、もう会うことなんかないと思っていた。実際、忘れてたし。 「今日も腹減ってる?飯食いに行こ」 相手はそう言うなり、再び肩に手を置いてぐいぐいと押し始めた。
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