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6.
黒っぽいスーツ。深緑色のシャツ。ネクタイは、黒。
今日は髪を束ねてて、だから綺麗な横顔が際立つ。
ピアスも、よく見える。
そして、
「前から思ってたんですけど」
「!」
まだ声も掛けてないのに、こっちに気づいて喋りだした。
「女子高校生の一人暮らしで1階住まいは不用心じゃないですか?」
そう言って、右手の指の間に挟んでたタバコを口へ運ぶ。
「ねぇ、アキくん?」
煙と一緒に名前を吐き出しながら、こっちを向いたので。
「今のところ、何もないですけど」
そう言ってみる。
「そう、今のところは、ね…」
良かったですよね、なんて、適当な返事をしながらこっちに向かってくる。
何で今日?いつもは月曜日なのに。
あぁ、心臓がうるさい。
別に悪いことはしてないし、毎回ちゃんとやってるし、焦る必要なんかないのに。
何でこんな、心臓が踊るみたいに跳ねるんだ。
3歩分の距離を置いて、シンが足を止めた。
まずい。
もし今食事に誘われたら、「済ませた」とは言えない。「体調が…」とかも、普通に帰ってきたところで、言いにくい。
額にじわっと汗が滲んだ気がした。
俯いて必死で考える私を見ながら、シンがくすりと笑う気配。
「今日、は、誘いませんよ」
「………」
やっぱり。
今まで断り続けてるのも含めて、嘘を言ってるのはわかってますよって。
暗に言ってる。
これはこれで、居心地が悪い。
もう同じ言い訳は使えないってことだし。
あぁ、いっそ開き直ってしまえれば。
あんたとの食事には死んでも行きたくないと言えたら。
でも。
あの悪魔が怖くてとても言えない…
「土曜の件で、スーツが気になって。近くに来たので寄ってみただけです」
着てみました?と、シンが言う。
「はい、一応」
「サイズはまぁ平気ですよね。ネクタイは大丈夫ですか?」
結べます?って訊かれて。
つい言ってしまった。
「友達に教わったので、大丈夫です」
と。
そしたら、シンの目がすっと細められて。
「へぇ…?」
その声が。
何か、静かで。
「男友達、かな」
と、つぶやいたのを聞いて、しまったと思った。
「いえ、女ですけど」
咄嗟に嘘を吐いて。
心の中で、ごめん、冬…子、って。
言いながら、次のシンの言葉を待った。
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