土曜日の憂鬱

6/18

1908人が本棚に入れています
本棚に追加
/377ページ
6.  黒っぽいスーツ。深緑色のシャツ。ネクタイは、黒。  今日は髪を束ねてて、だから綺麗な横顔が際立つ。 ピアスも、よく見える。 そして、 「前から思ってたんですけど」 「!」  まだ声も掛けてないのに、こっちに気づいて喋りだした。 「女子高校生の一人暮らしで1階住まいは不用心じゃないですか?」  そう言って、右手の指の間に挟んでたタバコを口へ運ぶ。 「ねぇ、アキくん?」 煙と一緒に名前を吐き出しながら、こっちを向いたので。 「今のところ、何もないですけど」 そう言ってみる。 「そう、今のところは、ね…」 良かったですよね、なんて、適当な返事をしながらこっちに向かってくる。  何で今日?いつもは月曜日なのに。 あぁ、心臓がうるさい。 別に悪いことはしてないし、毎回ちゃんとやってるし、焦る必要なんかないのに。 何でこんな、心臓が踊るみたいに跳ねるんだ。  3歩分の距離を置いて、シンが足を止めた。 まずい。 もし今食事に誘われたら、「済ませた」とは言えない。「体調が…」とかも、普通に帰ってきたところで、言いにくい。  額にじわっと汗が滲んだ気がした。  俯いて必死で考える私を見ながら、シンがくすりと笑う気配。 「今日、は、誘いませんよ」 「………」  やっぱり。 今まで断り続けてるのも含めて、嘘を言ってるのはわかってますよって。 暗に言ってる。 これはこれで、居心地が悪い。 もう同じ言い訳は使えないってことだし。 あぁ、いっそ開き直ってしまえれば。 あんたとの食事には死んでも行きたくないと言えたら。 でも。 あの悪魔が怖くてとても言えない… 「土曜の件で、スーツが気になって。近くに来たので寄ってみただけです」 着てみました?と、シンが言う。 「はい、一応」 「サイズはまぁ平気ですよね。ネクタイは大丈夫ですか?」 結べます?って訊かれて。 つい言ってしまった。 「友達に教わったので、大丈夫です」 と。 そしたら、シンの目がすっと細められて。 「へぇ…?」 その声が。 何か、静かで。 「男友達、かな」 と、つぶやいたのを聞いて、しまったと思った。 「いえ、女ですけど」 咄嗟に嘘を吐いて。 心の中で、ごめん、冬…子、って。 言いながら、次のシンの言葉を待った。
/377ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1908人が本棚に入れています
本棚に追加