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7.
シンが、ポケットから何か出した。
それが携帯灰皿だとわかったのは、半分くらいになったタバコを、その中に押し込んだから。
ふわっと香った煙の中に、月曜に嗅いだ甘い香りが混ざってた。
あのときは、この匂いだけじゃなかったけど。
甘ったるさはこのタバコだったんだとわかった。
「まぁ、いいでしょう」
携帯灰皿を仕舞って、シンはまたいつもの笑顔に戻った。
「仕事さえしてくれたら、とりあえずは」
「バイトはちゃんとやります」
そういう約束だから。
自分で決めたことだから。
「明日は、レストランの前で相手と待ち合わせでいいんですよね?」
「ええ、そうです。メッセージに入れた通りで、向こうがあなたを見つけますから、店の前で待つようにとのことです」
「わかりました」
「それでですね…」
ちょっと気掛かりなことがあるんですよ、とシンが続ける。
「相手の元彼も参加する予定なんだそうです」
「はぁ…モトカレ?」
「以前にお付き合いしていた男です」
あぁ、元彼、か。
「それが、元々嫉妬深いタイプだったらしいんですが、最近になって復縁を迫ってきていて困ってるんだと」
言うんですよ、と。
何故か眉間にシワを寄せてシンが言う。
まるで、自分が迫られて迷惑しているみたいな顔だった。
ていうか、何でそんな話を私にするのかわからなくて。
黙って聴く態勢を続けていると、
「アキくん、護身術とか知ってます?」
護身術。
というと痴漢撃退とか、不審者のどこを攻撃するとか、そういうことだと思うけど。
もちろん知らない。習ったこともない。
「え、…知りません」
正直に言ったら、ですよね、と言われた。
「まぁ平気だとは思うんですけどね。でも万が一、その元彼がふっかけてくるようでしたら…」
ふっかけて…?
え、喧嘩とか、そういうこと?
混乱している目の前で、シンが真顔で続ける。
「上手くかわしてください。やり返すのは最後でお願いします」
「や、やり返さないですよ…」
同年代男子と、手の出る喧嘩なんかできっこない。
こんなでも、一応女だし。
「うん、その方がいいとは思うんですよ俺も。でもアキくん、やりそうな気がするんですよね…」
「やりませんてば」
こいつ、私を何だと思ってるんだろう?
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