土曜日の憂鬱

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10.  人の間を抜けるように歩いて、サヤカさんの前に立った。 「アキくん、ありがとう」 「うん、お待たせ」 輪切りのオレンジがついたグラスを手渡して。 「こちらが?」 「そう、友達のアオイ」 今初めて聞いたけど、聞いてた振りはできる。 「はじめまして、アキです。お誕生日おめでとうございます」 「ありがとう。あなたはサヤカの…お友達?」 素敵なネクタイね、と褒められて、内心ドキ。 いや、褒められたんだからいいんだ… 「そうよ、いいでしょ?」 サヤカさんが冗談めかして言って、「アキくんはここ」と、自分の隣を示した。 「ありがとう、サヤカさん」 座って、すぐ前のテーブルにグラスを置く。 と、サヤカさんが待っていたように腕を絡めてきた。 「アキくん、何か食べる?」 「ううん、今は大丈夫」 お昼を食べてから出てきたし、こんな場でバイトするのは初めてだからやっぱり緊張していて。 食べ物は喉を通りそうもない。 「サヤカさんは?もらってこようか?」 「私も今はいいかな。後で一緒に行こう?」 「ん、わかった」 雰囲気に上手く馴染めれば、食欲も出てくるかもしれないけど。 「ねぇ、サヤカ?」 アオイさんが、身を乗り出すようにして話し掛けてきた。 「なに?」 「こんなにかわいい子、どこで見つけたの?」 「うふふ、ナイショ」 サヤカさんが楽しそうなので、一緒に笑顔を浮かべておく。頭の中では、お金で雇ったとは、言えないんだろうな…と、思ってるけど。 「彼氏じゃないの〜?」  コの字の反対側、ちょうど真向かいの席から声を掛けてきたのは、また別の女性。 体のラインにピタッとしたニットのワンピースには、スパンコールで模様が描かれていて、いかにもハイブランドですって感じ。 「うん、お友達なの」 そう、今日のアキは、サヤカさんの親しいお友達。 彼氏じゃない。 腕を組んでいても。 「じゃぁ…」 ニットワンピの人が立ち上がって。 わぁ、すごいヒール… そして、パンツが見えそうな際どさ。 コツコツいいながら、私の前に立った。 「私とも遊んで?」 屈み込んで、覗き込むように顔を近付けられて。 「えー…っと…」 カラーコンタクトのグレーっぽい目を見てたら、サヤカさんがぐっと腕を引っ張った。 「アキくん。浮気は駄目」 口を尖らせてるのを見て、ちょっと焦る。 お客さんにこんな顔をさせるのはまずい。 「え、しないよ?」 浮気も何もバイト中だし。 今はサヤカさん「の」アキくんだから。 なのに、 「友達で浮気とか、ないでしょ」 ニットワンピの人が、フンてして。 サヤカさんの眉間にシワが寄ってしまった…
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