土曜日の憂鬱

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15.  ドアを開けたら、鏡の前でメイクを直しているサヤカさんがいた。 「え、アキくん?」 驚いたみたいに振り返る。 さっと中を見渡しても、他の利用者はいなそうだった。 「サヤカさん」 「あの、ここ、大丈夫?…ほら、今は見た目が男の子…」 オロオロしてるけど。 こっちの、じゃなくて自分の心配をしてもらわないと。 「いいから急いで」 「え、え??」 その手から口紅を取り上げて、さっさとバッグに仕舞って。 「タカユキが来た」 そう言ったら、サヤカさんの顔色が変わった。 「やっぱり来たの…?あ、アキくんは知ってるの?」 「うん、聞いてるよ。アオイさんには帰るって言ってきたから。バレる前に帰ろう」 「う、うん…」 「はい、バッグ持って」 クラッチバッグを持たせて、もう片方の手をつないでドアへ向かったら。 ドアの向こうから足音が近づいてきた。 「!」 ヒールっぽい音だから、ここへ入ってくるかもしれない。 「サヤカさん、こっち」 「……!」 彼女を引っ張って個室に入って、鍵をかけるのと同時くらいで、ドアが開く音がした。 間一髪…やばかった… 「ねぇ、コーム持ってる?」 「あるよ。はい」 入ってきたのは二人で、トイレ目的じゃなく髪だか顔だか直しに来た様子。 「いい子、いた?」 「いない。もう飽きてきたし、帰らない?」 「そうだね。アオイさんにはがっかりだな〜」 「もっとマシなの集めてくれると思ったのにね」 「大したことなかったね」 うわ、勝手なこと言ってる… 人様の誕生日会にかこつけて、好みのタイプを探そうなんてとんでもない話だと思うけど。 腹が立ったのはサヤカさんも同じようで、つないだ手にぎゅうっと力が入った。 見れば、横顔も怒ってる。 ここで出ていかれるとまずいので、しーっというジェスチャーをすると、口を尖らせつつも頷いてくれた。 「あ、でも可愛い子がいたな」 「え、どんな子?」 「よくわかんないんだけど、ちょっと幼い感じで素直そうだった。私、ああいうの好きだから声掛けたら、ババァに邪魔されて」 「誰よ、ババァって?」 「サヤカとか言ってたけど、知らない顔だった」 うわー… これ、ユリナさんだ… まだいたんだ。 「せっかくタイプだったのにな。友達って言うくせに、近寄るなだってさ。何なのよ」 「それ、友達じゃないよ。絶対やってる」 「だよね~。ババァが若い男に手ぇ出すなっての」 笑い声が2人分。 広くもない空間に響く。
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