土曜日の憂鬱

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17.  タカユキの目つきが、険悪なものに変わった。 さっきまではその辺の物を見るみたいだったのが、明らかに敵意あるものに。 と、思ったら。 「てめえ」と言いながら、手を伸ばしてきた。 スーツの襟を掴まれて、ぐいっと引かれて。 想像通り、短気な男。 「調子に乗るな?誰の女に手ぇ出してんだ」 至近距離で、そんなことを言われた。 「やめて、タカユキ」 サヤカさんが急に動き出して、止めに入ってくる。 「アキくんは関係ないじゃない」 「ないわけあるか。たった今こいつと手をつないで逃げようとしてただろうが!」 襟を掴まれたまま軽く揺さぶられる。 痛い、というか。 腹が立つ。 この動作、態度、物言い。 あと、サヤカさんを自分の女と言ったことにも。 何様なんだ。 でも。 「離してもらえませんか?」 とりあえず、頼んでみた。 今はバイト中で。 サヤカさんの前だから、なるべく穏やかに済ませたい。 「何だとぉ?」 「離してください。シワになるから」 スーツを着たらシワを気にすべし。冬馬に教わったから言ってみた。 アイロンも、持ってないし。 「タカユキ!」 離してあげて、とサヤカさんがタカユキの手を剥がそうとして。 「うるさい!どけ!」 振り払われたサヤカさんが、バランスを崩して後ろに転んだ。 「サヤカさん!」 …こいつ。 本気で嫌いだ。 「何がサヤカさん、だ?お前はこっちだよ!」 また掴まれて、揺さぶられて。 怒ってるのはわかるけど、それはこっちも同じことで。 「…何だよ」 何だよって何だ。 こっちだって言うから、そっちを見てるだろうが。 でも、バイト中、だから。 こみ上げる怒りをどうにか抑えて、もう一回だけお願いしてみることにする。 「タカユキさん、手を離してください」 って言ってるんですけど、と言う前に。 左頬に衝撃。 ゴツ、みたいな音がしたと思ったら、床にお尻が付いた。 「アキくん!!」 悲鳴みたいなサヤカさんの声。 へ、だか、ケ、だか。タカユキが吐いた悪態じみた音。 痺れる左頬、揺れる視界、床に落ちた赤い点。 あ、殴られたのか。 生まれて初めて人に殴られた。 急速冷凍されたみたいに冷えた頭に。 「やり返すのは最後でお願いします」 シンの言葉が蘇った。
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