土曜日の憂鬱

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18.  変な話。 この手の衝撃には慣れていて、耐性がある。  ハンドボール部だったから、ディフェンスしていると体にシュートを受けてしまうことがあって。 至近距離で顔面に、も何度もあった。もちろん痛いし、脳みそは揺れる。 ハンドボールは格闘技とまでは言わないけど、けっこう泥くさいところもあるから、掴まれたり引っ掻かれたりは当たり前で。 引退するまでは捻挫、打撲に加えて生傷も絶えなかった。  エース級の渾身のシュートをくらった。 のよりも痛いといえば痛いんだけど。 そこはボールか拳かの違いなんだろう。 歯は折れて無さそうだし、鼻血も出てない。口の端と、中が少し切れてる…かな。 「アキくん、アキくんっ」  サヤカさんが真っ青な顔でこっちへ来て。冷たい指先で殴られた辺りを触った。 「大、丈夫」 痛いけど。 あと、ちょっと喋りにくいけど。 「大丈夫じゃない…血が出てるよ…っ」 「うん。でも、平気」 「そんな…だって…」 女の子でしょ、って言いそうになって飲み込んだサヤカさんの目から、ポロッと涙が零れた。 そうだけど。 女だけど。 だから、何? こういうのって男女関係ないって、今気づいたとこだよ。 お腹の中で渦巻く怒りに押されて立ち上がる。 頬が熱い。 「タカユキさん」 「何だよ、気安く呼ぶんじゃねぇよ…」 そう言いながら、一歩前に出た私から離れるみたいに一歩下がる。  さっき気付いたけど、身長はこっちが少し高い。 だからなのか、自分から手を出したくせに怯んでる。 何なんだこいつ。 「警察には、言わないでおきますから」 もう一歩出たら、また一歩下がった。 弱。 「一発、返します。それであいこにしましょう」 「は…はぁ!?一発って…」 「歯、食いしばって」 「は!?」 うるさい男のネクタイを、左手で掴んだら簡単に引っ張れた。 体幹が弱いんだよ。 格好つけ男。 もっと強い男に殴られたら、こっちは吹っ飛んで倒れて、こんなにすぐ立ち上がれるはずがない。 つまり、へなちょこパンチだった。 息を吸って、吐いて。 久しぶりで、シュートする時の感覚を思い出す。 本当はジャンプしたいけど。 ジャージじゃないからからやめた。 もう一度、息を吸い込んで。 止める。 ボールはないし、グーじゃなくてパーだけど。 奴の左の頬を凝視して、よくよく狙って。 右手で宙を切った。 炸裂音。 右腕は床すれすれまで振り切った。 一回転して、廊下に転がるタカユキ。 カシャン、と。 落ちた眼鏡が滑っていく。 「………ッ」 あーぁ… 頬に手なんかあてちゃって。 声もないらしい。 みっともなく、何故か内股で横たわる男を見下ろしたら、気が済んだ。 「帰ろ、サヤカさん」 「え…ア、アキくん…?」 「もう、正面から出よう。こっち」 こそこそする必要がなくなって良かった。 また、彼女の手を引いて。 パーティの会場に戻る。 ドリンクスタンドに立ってたスタッフの人が、こっちを見て目を剥いた。 「い、今すぐ氷をお持ちします!」 だって。 冷やせってこと?確かに痛いけど。 でも、帰るから要らないと言いかけて、そしたら急に痛みが強くなって、咄嗟に声が出なかった。 「そ、そうだね。冷やさなきゃ…アキくん、座って!」 いや、そうじゃなくて… 「アキくん!?え、サヤカ、どうして…」 アオイさんまで来ちゃって。 あぁ… 何だかもう、どうでもいいや… 引っ張られるままにソファに向かって、座らされて。 これじゃ、バイト代もらえないんだろうな。 そんなことを考えてた。
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