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9.
「俺ね、おでんの屋台に1回行ってみたかったんだけど」
「………」
1000円札をじっと見ながら、でも受け取らない相手が喋りだす。
「1人で行くのはちょっと勇気がいるなと思って。でも今日冷えてきたじゃん。どうしてもおでん食べたくてさぁ」
「…だからって、なんで」
「いや、丁度いいところにいたんだよね。駅で見かけて」
それで声を掛けたってことか。
1人では入りにくい屋台のおでんに付き合ったから、これで恩返し終了。
「そういうことですか?」
「そういうことです」
「じゃぁもう帰っていい?」
「は?帰ってるじゃん」
「…なんで付いてくるんですか」
「付いてってるんじゃない、送ってるんでしょ?」
バスだよな?と訊かれて。
ああ、そうか。
この前はバスだったから、今日もそうだと思われてるんだと気付く。
確かに、途中にバス停はあるけれど。
「いえ、歩いて帰りますから」
「え、バス乗らないの?」
「乗らないです」
「ふぅん…じゃぁ家まで送るわ」
だから。
何でそうなるんだ。
「必要ないって言ってるんですけど?」
つい、口調がきつくなる。
「そっちも家、帰ればいいでしょう」
お金を仕舞いながら言ったら、相手はまたニヤニヤしだした。
腹が立つのはニヤニヤしてても男前だってこと。
その顔で、
「俺、女の子は送る主義なんだけど」
そう言われて、思わず言葉に詰まった。
「………」
バレてる。
いや、バレたっていいやとも思ったけど。
でも、元々の声も低い方だし、こんな格好だし、たぶん平気だと思ったのに。
そう思ってるのもバレてるみたいで、相手はブハッと吹き出した。
「ははは…なぁ、名前きいてもいい?」
…本当になんなんだ、この人。
「…何でですか」
憮然として言い返したら、
「興味あるから」
そう言った。
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