第23章 わたしだけがちょっと、幸せじゃない。

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「うんうん、本当に違う。もともとお化粧の必要なんて全然なさそうだと勝手に思ってたけど、やっぱり完全にすっぴんの頃はだいぶあどけなかったんだなあと。今思い出して較べるとね。…服は、うん。純架ちゃんが自分で選んだ方がやっぱセンスいいって。当然でしょ?」 ほんとにもう。口先ばっか、調子いいんだから…。 けど適当とはいえ褒められてそれなりに気をよくしたちょろいわたしは、その後これまでいただいたお給料を思いきって少し使って、新しい洋服やコスメをいそいそと買い揃えた。 わざわざ布地や素材を揃えて自分の手で縫わなくても、ほどほどのお値段でバリエーション豊かな既成の服が簡単に手に入るし。お店に行けば溢れるほどの種類と多彩なグレードの化粧品が、これでもかとばかりにずらりといつでも並んでる。 高級品を見たらきりがないけど、普通に日用品として使って惜しげないくらいのリーズナブルなものだっていっぱいあるし。わたしにはそのくらいがちょうどいい気がする。 そして何よりこれだけ大勢の人たちが街には溢れてて、常にひっきりなしに次から次へと買い物に来てるっていうのに店頭の品物がまずなくならないくらいの物量があるのが、本当に想像の外だ。 母が貴重な化粧水と乳液を大事に大切に少しずつ、ときどき様子見て使ってたのを思い出す。とにかくいつ配給があるかわからないから、切らさないようすごく気をつけてるって言ってたなぁ。あんたたちはまだお肌そんなに若いんだから全然必要ないね、と言って向こうにいるときは使わせてもらえなかった。まあ、言うほど必要性も感じてなかったから。特に不満に思ったこともなかったんだけど…。 お化粧品や服がいくらでも手に入るから幸せ、とかないから不幸だとかは思わない。 それは思わないけど、やっぱりわたしも年頃の女の子なので。集落にいたときはそんなにこういうの、興味ないと思い込んでたけど意外に楽しい。無駄遣いしないよう気をつけながらも少しだけお洒落するのは、気持ちが浮き立ってわくわくする。 しかも、自分だけ密かに着替えて鏡に映してみて個室の中で完結して終わるんじゃなくて。見た目をちょっとだけ頑張ったその格好で、好きな人に毎週いろいろと楽しい場所へ連れてってもらえるんだから。綺麗を磨くのにも尚さらやる気が出るってものだ。 「…それで。これまで二人で、何処とか行ったの?」 神崎さんは話題を変えてきた。こっちの気を引き立てるような口振りだし、ごろごろしてスマホからは目を離さないままだから。 本気で知りたいっていうより、そうやってわたしが機嫌がよくなりそうな方向に話を持っていっただけだろう。それがわかっていてもころりと転がされて、わたしは浮き浮きと指折り数えながら答えた。 「えーとね、最初が映画館だったから。次は確か、横浜だったかな?港の見える公園行って中華料理食べたよ。別の日にはお台場にも行って、あと新宿で都庁とか高層ビル街も見たし。上野の動物園にも行った。動物園、すごいよね。本当に本物の生きてる動物が。あんなにたくさん、世界中からいっぱい種類も集められてて。この目で実物を見られるなんてさ…」 目を輝かせて前のめりに説明するわたしからあまりにも嬉しさが溢れ出てたのか。神崎さんはふとスマホを操作する手を止め、こちらに顔を向けてしげしげと眺めた挙句に感に入ったように呟いた。 「…あの人の気持ち、ちょっとはわかんなくはないかも。こんなに新鮮な活き活きした反応見せて喜んでもらえたら。そりゃ、いろんなとこにいっぱい連れてって一緒に体験したいよね。何もかも初めてなんだもんなぁ。そういう子といろいろ回る機会なんて、普通の生活してたらまずあり得ないし」 実際、よほど僻地で育って一度も地元を離れてない子でもなきゃここまで無垢ってことないもんね。それでも動物園とか船や車ではさすがに驚いてはくれないだろうしなぁ普通は知識があるから。と嘆息して付け足した。 「やっぱり、まだ世の中のことを知らないごく小さい子とじゃないとそこまでビビッドな反応は得られないじゃん。お父さんな気分を早期体験できるって感想はなんか、共感できるかも」 「神崎さんまでそんな。他人のことを子ども扱いして…」 わたしの気持ち何となくは知ってるくせに。と思わずそこでぶんむくれてしまった。 好きな人に連れられて新しい体験、新鮮な気分を次々味わって目をきらきらさせてる女の子に向かってまさかの幼児呼ばわりはないだろ。 この輝き効果はほのぼのふんわり和みの雰囲気を表現してるわけじゃないの。だって、二十歳近い女が初恋の相手と二人きりで初めての場所を訪れてるんじゃん。それって掛け値なしのデートだよ、デート! …まあ確かに。手を繋いだりそれ以上接近したり。恋人同士の男女の触れ合いというかいちゃいちゃは。正真正銘のゼロ、なんだけどさ…。 びっくりするほど動物の匂いが漂ってる動物園の空気の中で(そうだよなぁ生き物だもん、ってリアルに体感してしみじみ思い知った。TVとか写真だと、この感覚までは伝わってこない)象さんやきりんさんやさる山の猿たち、それから大好きなハシビロコウさんなどの檻を順番に巡りながら。
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