第23章 わたしだけがちょっと、幸せじゃない。

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第23章 わたしだけがちょっと、幸せじゃない。

あれ以来、週末に限らず一日中仕事がオフな日があるとわたしを何かといろいろなところに連れ出すのが高橋くんの習慣になった。 改めて考えると純架にはまだあれも見せていないしこれも体験させてない。って思いつきが次々と湧いてきてさ。今度の休みはどこへ一緒に行こうかなって思いを巡らすのも何だか最近楽しいよと屈託のない笑顔で言ってくれるのも、多分わたしに負担を感じさせまいとする気遣いからなんだろう。そう思うと、本当にこっちとしてはありがたくて自然と頭が下がる。 しかしまあ、そうは言っても。無邪気な顔してこんな風に言われるとそれはそれで、ちょっと複雑な気分にはなるんだが。 「子どもが生まれて、一緒にいろんなところに連れて行けるようになって次はどこ行こう?ってわくわく考えてる父親と同じかな。小さい子が喜んでくれるようなところって、大人になって自分だけだとなかなか行く機会ないじゃん。ファミリーだからこそ楽しめる、みたいな場所ってあるよね。俺一人ならまず行こうって選択肢に入らないような」 まあ、映画に関してはさすがに一人でも行くけどね。と付け加えてあっけらかんと笑った。 「う。…ん。なるほど…」 こっちはそれと同調して呑気にあはは、と笑って済ませていいのか。ちょっと曖昧な気分でごにょごにょしてしまう。 言うに事欠いて、どういう意図でここで家庭を持って子どもができたお父さんに自分をなぞらえるのか。 そこは嘘でもお愛想でもいいから、いやぁこのところずっと長いこと彼女もいなかったから。女の子とデートで行くようなとこすっかりご無沙汰で行くチャンスなかったし、これも純架が来てくれたおかげだよ!とか、明るく爽やかに言ってのけてくれればよかったのに。 どうせわたしは並んで歩いてても全然高橋くんの彼女にも見えなくて、お父さんに連れられた娘かな?とか周りに思われてるんでしょ。とやけくそに考えてたら、さすがにそれはないよ。と神崎さんにあとでこっそり慰められた。 「誰がどう見ても二人は親子には絶対見えないから、そんなこと気にしなくて大丈夫だってば。せいぜいお兄ちゃんと妹だよ。てか、そう歳の離れてない兄妹って感じだね。…うん、実際の歳の差よりはちょっとましかな。あの人結構若く見えるからね。七歳も差があるとは見えないって。多分」 まあ、見た目二十歳前後と十八歳って感じかな。とフォローされて、それはそれで気に入らなくてむくれる。 「向こうが若見えでこっちは年相応だって言ってくれてるつもりだろうけど。わたしはね、もう今年誕生日とっくに過ぎてるんです。だいぶ前から十九なんだからね。ほぼ二十歳と言って過言じゃないですから。誤差の範囲だよね、既に」 「わざとぐん、と背筋を伸ばして見せなくても。大人かどうかに言うほど身長は関係ないんじゃない?純架ちゃんくらいの歳になると。でも、そうだね。言われてみれば確かに十九に見えるっちゃ見えるよ。大人っぽくなったかな、気持ちね。集落を出てきたばっかのときに較べたらね」 頑張って大人ぶるわたしに調子を合わせてくれる神崎さん。その言葉はまるっきり嘘とも言えないんだけど、単に逆らわずに適当にわたしに合わせてるだけって様子で口から出まかせ感が滲み出てるのは否めない。わたしは疑い深いじと目で彼の方を窺って、ぼろを出してやろうと軽く突っついてみた。 「ほんとに?…集落を出てきて、まだ三ヶ月しか経ってないよ。背もあれからほとんど伸びてないし、大して変わってなくない?え、じゃあ具体的にわたしの何処が大人っぽく見えるようになったと思うの、神崎さんからすると?」 神崎さんは昼食後の休憩。と宣言してソファでスマホを片手にごろごろしている最中。上司が外出してて外してる場面とはいえ、仕事場にいる態度とは見えずまるで自分ちだ。 せっかくのリラックスタイムにわけのわからないことで絡まれて面倒くさそうな顔をしてもおかしくないのに、気のいい様子で調子よくその問いに答えてはくれた。もっとも目線は既にスマホの画面の方へと早くも戻ってしまってるけど。 「だから身長は…。あんまり関係なくないかな。それに女の子はどのみち十代後半になったらほとんど背、伸びないでしょ。うーん…、そうだな。変わったのは服装かな?あと、なんとなくだけど。化粧っぽいの、少しはするようになったとか?」 ちょっといい加減気味な反応に口を尖らせて文句をつける。 「それって要因全部ガワじゃん。服は最初に会ったとき着てたの、そもそも神崎さんが買っといてくれたやつだし。それと較べて大人っぽくなったって言われてもさ…。お化粧はまあ、もともと向こうじゃ完全にすっぴんだったから。ネットでやり方調べて、化粧水とか乳液とか下地とか最近はちょっとずつだけどお手入れするようになったんだよねぇ。そう、そんなに違う?」 ぶつぶつ言ってたのに、結局しまいにはちょっとだけいい気になってつけ上がってる。我ながら案外ちょろい。 神崎さんは素早く指先をスマホの表面に走らせて操作しながら、半ば以上そっちに気を取られた顔つきで声だけ愛想よくわたしに同意した。
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