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「着替えてきて。靴はこれ。バッグはあとで中身を入れ替えるから」
試着室の前に黒のパンプスが置かれる。ヒールは低めで歩きやすそうだ。本当にいいのだろうかとちらりと仰ぎ見ると、微笑みが返される。
「うん、ありがとう。少し、秀也のこと見ててもらえる?」
「当たり前だろ。急がなくていいから」
試着室のドアが閉められる。私は着ていた服を脱いで、ワンピースを手に取った。自分が着ていたものと肌触りも生地の厚さも違う。触っただけで高価な物だとわかる。
(こういうのをぽんと買える人になったのよね)
もともと、父の会社を継ぐことになりそうだとは聞いていた。彼が幸せになることこそ自分の望みであったはずだ。けれど、遠いなと思う。もしもあのとき妊娠を打ち明けていたら、今頃どうなっていたのかと考え、首を横に振る。
(私を守るために、大学進学を諦めて、家族と縁を切るなんて……どのみち上手くいかなかった)
彼が努力家で精進を怠らない人だからこそ、二十八歳という若さでワンダープレイの専務にまで上り詰めたのだろう。けれど、生まれ持った環境ももちろんあるはずだ。彼は食うに困るほどの暮らしを経験したことがない。
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