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自己犠牲なんてかっこつけているわけじゃない。ただ、大好きな人に幸せになってほしいだけだ。妊娠がわかって一生分くらいは泣いたから、彼の前で出る涙は残していない。
そんな自分の決断に後悔はしないと決めた。
「お前なんて、大嫌いだ。もう二度と顔も見たくない」
「そう……私は、拓也のこと、大好きだったよ」
拓也の目に涙が溜まる。
ならばどうして、そんな目を向けられ、私は黙って踵を返した。
第一章
「田神(たがみ)さん、一階のロビーに派遣の人が来てるって!」
「ありがとうございます。ちょっと抜けますね」
私は派遣会社の呼び出しを受けて、一階へ下りる。
非正規雇用のため楽とは言いがたい生活だが、彼と別れてから十年。一人息子の子育てをしつつ働くのももう慣れた。妊娠から出産まで、出産してから今までと、母の協力があったから、なんとか秀也(しゅうや)を育てられている。
「お待たせいたしました」
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