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「ハッキングは犯罪ですよ。」
「知ってる。ハッキングしたのは僕じゃないけどね。」
カエデの木の下にあるベンチに座り、目の前の噴水を見ています。雨の後の明るい日差しで水しぶきの中に虹ができています。
「そのハッキングした人がね、斎木教授に会うのを渋っててさ。でも会わないことには先に進めなくて僕も困ってるんだよ。」
「まあ、ハッキングしておいて何かを頼むっていうのは図々しいです。」
タクトはまじまじと私を見ました。
「前も思ったけど君は普通のアンドロイドと違うんだな。普通のアンドロイドは会話が成り立たないし、判断もしないと聞いているけど。」
セレブ達のお屋敷で働いているアンドロイドは、基本的に与えられた仕事を完璧にこなすことを求められているので話す機能がないか、よくて辞書代わりか計算機代わりに質問に答えるか、もしくは予定を読み上げるかです。
アンドロイドに対して過度な感情移入しないように決められているのです。
「私はおぼっちゃまのお世話係ですし、斎木教授宅のアンドロイドとして特別枠です。」
「つまり研究対象というわけ? 斎木教授の家のアンドロイドは、みんな君のように話せるの?」
「私とご主人さまの秘書だけです。」
「へえぇ。」
秘書アンドロイドは三十代男性の風貌をしています。私より少し暗めの銀色の肌に茶色の瞳。いつもダークスーツを着ています。普段はご主人さまと共に中央センターにいるため、お屋敷の方にはいません。
「それってでもトップシークレットだよね? 出歩いていて大丈夫なの?」
「この特区では公然の秘密です。セレブの中には私のような会話ができるアンドロイドを欲しがる方も現れるかもしれません。そのための試作品です。たしかに本来ならば実験段階なので、目的もなく外に出ることはありませんが。」
「……ふうん。」
タクトはしばらく黙り込みました。
「将来、君みたいなアンドロイドが売り出されるってこと?」
「どちらかと言うと欲しがる方達の選別ですね。」
ここに住む方達は、この特区ソピアに住むというステータスが欲しいのと共に、アンドロイドを使役しうる人格があるか試されているのです。
アンドロイドは一人の人間に属し、その人間が亡くなるか適性がないと判断された場合は、アンドロイドは没収されます。そして適性がないと判断された場合はソピアを追放されるのです。
「ところで君は、浅見という男を知っている?」
「浅見さん、ご主人さまの助手ですね。」
「いなくなったことは?」
私は口を噤み、まっすぐ前を向きました。
「……なるほど、これこそがトップシークレットなんだね。」
「……。」
「ねえ、教授が浅見を探しているってことはない?」
「……。」
「じゃあ言い方を変えよう。浅見は自分からソピアを出たのではなくて拉致されたとしたら?」
「……。」
「そして僕が浅見に作られたアンドロイドだとしたら?」
タクトが首を傾げながらにっこり微笑みました。
「それを知ったら教授は浅見に会ってくれる?」
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