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宇保くんとの出会い
大学生の田辺は教育実習でやって来た小学校で、少し変わった児童に出会った。
「先生! なんで1+1は2になるんですか?」
彼——宇保くんは、小学4年生にも関わらずそんな質問をし先生を困らせていた。今見学している算数の授業に限らず、どの授業でも似たような感じだ。
田辺はそれを他人事のような気持ちで、先生は大変だなぁなんて眺めていた。なんとなく教育学部に進学し、卒業に必要だから教育実習を受けているだけで、別に先生になりたいわけじゃない。
「どうですか田辺先生。勉強になりますかな?」
いつのまにか隣に校長先生が立っていた。彼は田辺がまだ学生としてこの学校に通っていた頃にもお世話になった人物(当時は教頭)なのだが、教え子である田辺のことを律儀に「先生」と呼ぶ。
教育実習生という身である田辺は、それが少し恥ずかしかった。
「そうですね。でも大変そうだなぁとも思います。ほら、あの……」
「宇保くんのことですか?」
田辺は控えめに頷いた。やはり学校側としても彼は問題児として把握しているのだろう。
だけど、校長先生から返ってきたのは意外な言葉だった。
「彼は化けますよ」
「化ける?」
「何にでも疑問を抱けるというのは、それだけで得難い才能です。そういう子は将来必ず伸びます。
知っていますか? 先ほどの『1+1はなぜ2になるのか』という質問は、あのトーマス・エジソンが幼少期にした質問と同じなんですよ」
「えっ」
田辺は思わず宇保くんを見た。相変わらず、何でもない場面で一人挙手をしている宇保くん。
さっきまでは憎たらしく見えたあの悪意のない純粋な目も、あどけない童顔も、今はまるでダイヤの原石のように映る。
「彼のような子が埋もれないよう、のびのび育てることも教師の仕事です。子供たちには無限の可能性がある。どんな姿に化けるかは、関わる大人次第でもあるのですよ」
校長はそう言い残し去って行った。田辺はその背中を見送りながら、教師になるのも悪くないかもしれないなと思った。
宇保くんが将来どんな綺麗なダイヤに化けるのか。それを見守れるのはきっと教師の特権だ。
そのためにはまず大学を卒業して「先生」と呼ばれることが恥ずかしくない自分にならなきゃいけない。
田辺は両手で頬をパンと叩くと、真剣な目で授業見学へと戻っていった。
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