すっかり化けた宇保くん

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すっかり化けた宇保くん

 教師を志すキッカケとなった出会いから2年後の9月中旬、田辺は再びこの学校に戻ってきた。正規の教員ではないが、産休に入る先生の代理講師として採用されたのだ。  任されるのは6年1組の担任。宇保くんが居るはずの学年だ。  あのダイヤの原石はどんな風に育っただろう? キラキラと光り輝いているだろうか? 田辺はワクワクした気持ちを抱えながら、勢い良く教室の扉を開けた。    そこに居たのはダイヤというよりゴリラだった。  教卓の前の席で威圧感を放つ、尋常じゃなくムッチムチパッツパツな上半身。そしてその上にちょこんと乗る、明らかに見覚えのある童顔。  童顔が、ムシャムシャとバナナを貪っていた。  扉を開ける音に気付き宇保くんがこちらを振り向く。かつてダイヤの原石だった目が田辺の姿を捉えると、「おはようございマッスル」と彼は言った。  田辺は開けた扉をそのまま閉め(その間わずか1.8秒)、回れ右し、校長室に向けて全速力で廊下を駆け出した。  校長室の中で校長は、田辺の来訪を予期していたかのように微笑を浮かべて座っていた。 「こらこら、お手本となるべき教師が廊下を走るなんていけませんよ。田辺先生」 「校長! 一体彼に何があったんですか!」 「ん? 彼?」 「とぼけないでくださいよ! 宇保くんのことです!」 「あぁ、宇保くん。どう? 化けたでしょ。彼」 「いや、なんかあの、思ってた化け方と違う……」  だって普通、勉強方面で化けると思うじゃん?あんな話されたら。エジソン方面に行くと思うじゃん?  なのになんでゴリラ方面に行ったの? エジソン方面の真逆だよ?ゴリラ方面は。  ……ってゴリラ方面って何だ! そんな方面知らんわ!  困惑する田辺に校長が説明する。 「いやね、彼は本当に勉強熱心だったんですよ。いろんなことに疑問を持ち、素直に吸収して。そしてとうとう、この世の真理に到達したんです」 「真理?」 「『力こそ正義』、『筋肉が全てを解決する』だそうです」 「えぇ……」  なんてことだ。人間勉強をし過ぎると、行き着く先はゴリラだったのか。  ガックリと膝に手をついた田辺に校長は言う。 「まぁどんな形であれ、努力して成長したのは事実ですから。あまり偏見持たずに接してあげてくださいね」  その言葉に田辺はハッとする。そうだ。見た目がゴリラになろうが、そこに至るまでの彼は勉強を頑張っていたはずだし、そもそも身体を鍛えるのだって悪いことじゃない。  危ない危ない。教師と呼ばれて恥ずかしくない人間になるつもりが、いきなり子供の可能性を潰すところだった。初教鞭、初担任に浮かれていた気持ちを、田辺は慌てて引き締め直す。 「それじゃ、まずは授業の方頼みますよ。田辺先生」  田辺ははい!と勢い良く応え、再び教室へと向かった。
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