筋肉、覚醒の時

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 何かはあっという間に3組の先生を追い越し、藤野さんの真下で急ブレーキをかける。  そしてそれが四足歩行で走ってきた宇保くんだと皆が認識した時には、藤野さんはすでに彼の太い腕の中にすっぽりと抱き抱えられていた。  一瞬の静寂の後ドッと歓声が沸いた。「スゲエ!」とか「お姫様を救うヒーローみたい!」とか口々に驚嘆の声が上がり、その中心で宇保くんは照れ臭そうに鼻の穴をピクピクさせている。 「藤野さん大丈夫か!? 宇保くん、すごいぞ!」  田辺は誰よりもはしゃいで二人の元に駆け寄った。それだけ、宇保くんの活躍に感動していたのだ。  校長先生の言う通りだった。宇保くんは確かにあの頃よりも成長し、女の子一人を救えるほどの優しいゴリラに化けていた。  すごい! 本当に筋肉は全て解決するんだ! 力こそ正義だったんだ!!  田辺は宇保くんを通じて、彼の辿り着いたこの世の真理を垣間見た気分だった。  藤野さんの口が、小さく動いた。 「うわっ、バナナ臭っ……」  その言葉は近くに居る田辺と、おそらく彼女を抱き抱えている宇保くんにだけ届いた。童顔をガッチガチに、それこそダイヤのように硬直させた宇保くんと何も言えない田辺を尻目に、他の児童や先生たちはいつまでも拍手と歓声を送り続けていた。
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