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23 秀視点 [完]
冬哉は可愛い。
どれくらい可愛いかと言うと、多分本当に目に入れても痛くないと思うくらいだ。
小さい頃から虫ばかりの世界で生きてきた俺は、二十二にもなって、友達が一人もいないことに危機感を覚えた。いや、友達じゃなくてもいい、大学と家の往復で、教授以外の話し相手になってくれるなら、と思って気軽にアプリに登録した。
そうしたら青天の霹靂。俺は冬哉のプロフィール画像を見て、無意識に『いいね』を押してしまうくらい、冬哉に一目惚れした。
正直、最初は女の子だと思ったことは内緒だ。それくらい冬哉は少女めいた容姿をしていたし、実際会った時も大きな目でこちらを見上げる姿に、眩しくて目を閉じそうになった程だ。
そして何度か二人で会うことになる。俺は毎回浮かれて早く待ち合わせ場所に着いてしまっていた。それでも冬哉を待っている間、冬哉とのメッセージのやり取りを見ては嬉しい気持ちを反芻する。思わず顔に出ていないか心配になった。よもや冬哉は、俺がスマホを見ている理由がそれだなんて思いもしなかっただろう。
そして遊びに行く先は決まって、男女がデートに行くような所。冬哉は毎回可愛い服装で来てくれるし、これはもう、デートと呼んで良いだろう、と思っていた。
まあ、それから紆余曲折あって付き合い始めた俺たちだが、人気演奏家の冬哉は毎日色々な所を飛び回っていて、久しぶりに帰ってきた時はぐったりしている。何とか着替えを洗濯機に放り込んだ冬哉は、俺があげたネクタイピンをジャケットのポケットに挟むと、ハンガーラックに掛けた。
「……お疲れ」
「んー秀くんつかれたー」
そのままよろよろと俺の所に来て抱きついてくるので、嬉しくて頭を撫でる。ふわふわの天然パーマの髪は栗色で、その触り心地を楽しんでいると、邪な感情が湧き上がってきた。
冬哉は疲れてる、今日は寝かせてあげたい。そう思うけれど、堪らず彼の耳に触れた。柔らかい耳たぶ、可愛い。
えっちな気分になったら、耳を触る。喋る事が苦手な俺に、喋らなくても良いようにと、冬哉と決めたボディーランゲージだ。
「んん……」
冬哉はくすぐったそうに肩を竦めた。可愛い。
「ちょっと秀くん? ごめん、今日は疲れてるから……」
やっぱりそう言った冬哉の頬はほんのり赤く染まっていた。長いまつ毛が落とした影がその頬を強調して、俺はそっと彼の両頬を手で包み、唇を吸い上げる。
「……あ、明日じゃだめ?」
恥ずかしそうに視線を逸らした冬哉は、俺の両手をそっと握る。柔らかな指が触れ、俺はますます冬哉に触れたくなった。
でもここは我慢しておこう。恋人の嫌がる事はしたくない。……可愛いけど。
もっと触れていじめたら、もっと可愛いだろうな、と妄想を働かせていると、冬哉ははにかむ。ああ可愛い。
「分かった」
俺は手を離す。色々惜しい気もするけれど、仕方がない。
ずっと虫だけで良いと思っていたのに、俺はもう、冬哉がいない生活が想像出来なくなっている。それが怖くもあり、とてつもなく嬉しい。
「ありがと」
冬哉は笑顔を見せた。眩しい、見ていられない、可愛い。
俺はその眩しさに目がくらみ、一度まばたきをした。本当に、表情に出ない性分で良かったと思う。こんなにも語彙力なく、可愛いを連発する男など、冬哉は気持ち悪いと思うだろう。
本当にゴキブリのメスのように、生涯一人だけを愛す事になるかもしれない。そして冬哉が浮気しようものなら、トンボのオスのように、縛り付けてでも一緒にいようとするだろう。
そんな事を考えているなんて、冬哉が知ったらどうするだろうか? 俺がこんなにも冬哉が好きだなんて、彼は夢にも思っていないだろう。
すると冬哉は何かに気付いたように肩を震わせた。何か寒くなっちゃったからお風呂入ってくる、と言って歩き始めた彼を、見送った。
さぁ、お風呂から出た冬哉の為に、軽い食事でも用意しよう。それから冬哉の話を聞いて、一緒の布団で寝て、それから……。
俺は長く息を吐き出し、暴走しそうだった妄想を打ち切り、キッチンへと向かった。
[完]
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