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 しんとなったリビングで、冬哉は一生懸命思考を巡らせた。  俺たちも、とはどういう事だろう? 長く付き合えたらって、それは自分たちが付き合っているとでも言うような発言ではないのか。  冬哉の顔が引きつる。 「あの、秀くん? それはどういう意味かな?」  すると秀は、心底不思議そうな声音で返してきた。 「どういう意味? 俺たちも付き合っていただろ?」  なのに急に会わないとか言い出すから、何が原因なのか聞きたかったんだ、と珍しく長く喋る秀。冬哉は思わず机を叩いて立ち上がった。 「はぁっ!?」  ちょっとこっち来て! と冬哉は秀の腕を引っ張り、春輝たちに食べてて、と言い残し防音室に入る。  ドアを閉めると、秀は相変わらず無表情で冬哉をじっと見つめていた。 「付き合ってたって、どういう事?」 「……冬哉は俺の事を好きだと言った」 「……え?」  冬哉は混乱した。確かにそのワードは出した覚えがある。でもニュアンスが全く違う。いや、確かに好きだけど、あれは秀の反応を見る為であって、決して告白ではないはずだ、だからやっぱりこの展開はおかしい、と冬哉は頭を抱えた。 「映画を見に行った時とか、恋人に間違われたら、と言った」 「あ、あの時はどうでも良いって……っ」  おかしい、顔が熱い。どうして秀はそんなに冷静でいられるのか、と身体ごと視線を逸らす。 「……周りにどう思われようがどうでもよくて、冬哉がそうしたいならすればいいと」  だから腕を組んでも手を繋いでも拒否はしなかったし、ここまでするなら付き合っているという認識でいいんじゃないかと思った、と秀は言う。  珍しく多弁な秀に気付かず、冬哉は再びはぁ!? と声を上げる。思わず秀を見ると、真っ直ぐな瞳とぶつかった。 「そんなの、分かるわけないじゃん!」  大体、秀は冬哉が何をしても無反応だったじゃないか。それに、肝心な事も聞いていない。 「ぼ、僕……ずっと悩まなくていい事で悩んでたの?」 「……何を悩んでたんだ?」  冬哉は秀を見上げた。彼の感情の見えない瞳が、静かな光をたたえていて、何故かそれに安心して視界が滲む。 「だって秀くん、僕が迫っても全然反応してくれないから、僕のことどうでもいいのかなって……」  どうしてそうなる、と秀はやっぱり冷静な声で言う。何をしても感情が出ないと分かった時点で、ハッキリ聞けば良かったのに、そうしなかったのは冬哉が聞くことを怖がったからだ。 「好きじゃなきゃ二人で遊びにも行かない」  秀の言葉に、冬哉はカッと顔が熱くなるのと同時に、腰の辺りにぞくりと甘い痺れが走った。その反応に冬哉は戸惑ったけれど、次から次へと言葉は溢れてくる。 「だって……ふざけてそういう事しない方が良いって……っ」 「……あれは冬哉が誤魔化したから」 「何で……? どうして僕? 秀くん、本当に付き合うって意味、分かってる?」  言葉と同時に涙も溢れた。そして静かに、うん、という声を聞いて、冬哉は涙目で秀を見る。 「本当に? 僕の言う恋人として付き合うって、手を繋いで遊びに行くだけじゃないよ!?」 「うん」 「ハグしたりキス……したり、そ、それ以上の事だってするんだからねっ!?」 「……冬哉がしたいなら、すればいい」 「僕じゃなくて、秀くんはどう思ってるの!?」  未だかつて無い告白の場面だ、と冬哉は思う。照れてモジモジした甘い雰囲気とは程遠く、半分キレながら相手の気持ちを聞くなど、した事がない。 「……俺は、初めてだからよく分からない」  それを聞いた冬哉は、反射的に秀の胸に飛び込んだ。腰に腕を回し、弾力のある胸に擦り寄ると、秀の心臓の音が聞こえる。その音は大きく、早く脈打っていて、思わず秀を見上げた。  けれど彼の顔は変わらず無表情で、切れ長の目がこちらを見ているだけだ。本当に、表情に出ない人なんだな、と泣きながら笑うと、秀の腕がゆっくり動き、冬哉をそっと抱きしめる。本当に、触れるか触れないかの力加減で抱きしめるので、どうして遠慮してるのかと聞くと、珍しく秀は答えなかった。 「……戻ろう。友達を、ちゃんと紹介してくれ」  冬哉は腑に落ちないながらも頷くと、防音室を出る。リビングに戻るとそこには、落ち着いているものの、甘い雰囲気を醸し出す春輝たちがいた。 「お、話ついた?」 「何その終着点を知っているような言い方……」  春輝がニヤニヤしながら言うので、冬哉は何だか悔しくて口を尖らせる。 「そうでなくても、誕生日に会いたいと言われれば分かりそうなものだけどな」  恋愛の勘は働くんじゃなかったのか? と貴之にも言われ、 冬哉は顔が熱くなる。そこまで余裕がなかった事に今更ながら気付き、秀の変わらない表情ばかり見ていたと思うと、本当に無駄な悩みだったな、と恥ずかしくなった。今思えば、抱きついても、手を繋いでも拒否はされなかった事を、いつものように都合よく考えれば良かったと思う。 「とりあえず秀くん、この二人は高校の時からの仲で、こっちが同期の春輝」  それからこっちが先輩で春輝の恋人の水野先輩、と約束通り紹介すると、秀は、畔柳(くろやなぎ)です、と頭を下げた。すると春輝はまたニヤニヤしながら、付き合う事になったのか? と聞いてくるので、耳が熱くなるのを自覚しながら頷いた。 「じゃ、無事に両想いになったって事で、パーティー再開しますか!」 「何言ってんだ、帰るぞ」  元気よく言い、食べる気満々だった春輝に、貴之は彼の腕を引っ張った。俺らはあらかた食べたし、ケーキは二人で食え、と言い、また改めて会おうと家を出ていく。春輝は何で? と不満そうにしていたけれど、貴之に引っ張られて家を出ていく姿は彼らしいな、と笑えてきた。  秀と二人きりになると静かになるので、冬哉は誤魔化して笑う。気を遣わせちゃったね、と苦笑すると、秀はポケットから小さな袋を出した。 「……これ、冬哉に」 「え……?」  まさか誕生日プレゼント? と手のひらサイズの袋を受け取ると、中身は硬い感触がする。今日は秀に会えるなんて微塵も思っていなかったし、何も準備してないよ、と言うと、俺があげたかっただけ、と返ってきて胸がキュンとした。 「……開けていい?」 「うん」  冬哉はその袋を開けると、中身はすぐに分かった。ト音記号のモチーフが付いた、ネクタイピンだ。冬哉はそれをそっと机に置くと、秀に抱きついた。 「ありがとう! 嬉しいっ」 「……今度はちゃんと冬哉が喜ぶものをと思った」 「ああもう、秀くん大好き~!」  冬哉は抱きついた腕に力を込めて、ぎゅうぎゅう抱きしめると、秀の心臓の鼓動が早くなった事に気付く。なるほど鼓動を聞けば分かるのか、と思うけれど、そんなにしょっちゅう聞いてはいられない。  なので直接聞いてみることにした。 「秀くん、緊張してる?」 「……うん、すごく」 「ふふっ、ホントだ~」  そうやって秀の顔を見上げるけれど、やっぱり彼は無表情だ。ただ、彼の瞳の中の光が、少し揺れているように見えて、彼の動揺を表しているようだと思う。けれどこれでも、じっと見つめないと分からないので、やはり直接聞くのが一番か、と考えた。でもそれだと、冬哉ばかりが話すことにならないだろうか? ただでさえ秀は無口なのに、いちいちどう思ったか確認するのもめんどくさい。 「ねぇ秀くん? こうしよう。嬉しい時は、僕の頭を撫でて?」 「……うん」 「……で、嫌だ、悲しい、怒った時は、ほっぺをつねる。どう?」 「……うん」  すると秀は、冬哉の頭を優しく撫でた。ふわふわの天然パーマの髪の毛を遊ぶように、時々いじりながら撫でられ、くすぐったさに冬哉は笑う。 「ふふっ、くすぐったい」  それでも秀は無表情のまま、冬哉の頭を撫で続け、冬哉はあれ? これは失敗したかな、と思った。何故なら、秀の手がいつまででも頭を撫で続け、切り上げ方が分からないからだ。 (いや、嬉しいと思ってくれてるなら僕も嬉しいけど……)  それに、と冬哉は慌てる。このままだと変な気分になってしまいそうだと思っていたら、秀がいきなり撫でるのを止め、冬哉の肩を掴んで離れた。 「……秀くん?」 「……メシ、食べよう」  椅子に座ってお茶を飲む秀を見て、冬哉はある事に気付き頬がカーッと熱くなってしまう。もしかして、秀も同じ気持ちだったら、と思うと思わず身体が動いていた。
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