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 次の日、起きてスマホを見てみると、ありんこからメッセージが届いていた。  昨日の今日ですっかり警戒してしまった冬哉は、恐る恐るそのメッセージを開く。 『いきなり会いませんか? は流石に失礼でしたよね、すみません。もし良ければ、このままメッセージのやり取りしませんか?』  さすがに向こうも、いきなりすぎたと気付いたらしい。悪い人では無さそうだ、と冬哉は苦笑し、返事を考える。 『いえ、ちょっとびっくりしましたけど、大丈夫です。ありんこさんは、大学で何をされてるんですか?』  今まで音楽業界に関わりのある人としか付き合ってこなかったので、冬哉は新鮮な気持ちで、ありんことメッセージのやり取りをした。  ありんこは大学院生で、虫の研究をしているらしい。たまに近所の公園に行って、虫を観察するのが趣味なんだそうだ。一人暮らしで、住んでいる所も冬哉の自宅に近く、もしかしたらどこかですれ違っているかもしれないですね、なんて会話をした。  冬哉は虫の事など今まで考えた事が無かったので、ありんこから聞く虫の話はとても興味深い。ついつい質問攻めしてしまい、気付いた時には遅刻しそうだったので、慌ててありんこに断りを入れた。 『すみません! 遅刻しそうなので、また落ち着いたらメッセージ送ります!』  そうしてカバンと楽器を掴み、家を出ようとしたところで今日はバイトだったとバイトの準備も持ち、急いで家を出たのだった。 ◇◇ 「……で? 登録したのか?」  昼休み。食堂で春輝と昼食を食べていた冬哉は、早速アプリの話をする。 「うん! 何か早速メッセージが来てね、ついつい楽しくて遅刻しそうになったのっ」  それで、さっき気付いたけどこれ、と冬哉はアプリを開いたスマホを春輝に見せる。するといいねが五十件近く付いていて、メッセージも二十件近く来ている。 「え、すごくない? こんなにいいねやメッセージ、普通は来ないだろ」 「……内容見てよ」  冬哉はスマホを春輝に渡した。それを見た春輝はすぐに眉間に皺を寄せる。 「『金銀プラチナ、あればお売り下さい』……何だこれ?」  冬哉は春輝からスマホを返してもらうと、こんなメッセージばっかりだよ、と突っ伏した。慌てて登録名と写真は変えたけれど、それからまともなメッセージは来ていない。 「登録消したら?」 「それがねぇ……」  冬哉は顔を上げてありんこの事を話す。 「これって、直接会ってもいい人なのかなぁ?」  難しいね、と春輝は苦笑した。悪意があるかどうかなんて、本当に分からないよ、と彼は言う。そう言えば春輝は高校生の時に、友達だと思っていた人に裏切られたのだ。その時彼がどんな目に遭ったかを冬哉は思い出し、少し目頭が熱くなる。 「会って判断するしかないよな」  でも、常識はある人みたいだし、会ってみても良いんじゃないか、と言われ、冬哉はこくりと頷いた。ならば行動は早い方が良いだろう、と冬哉はアプリのメッセージ機能で、ありんこに今朝の返信をする。 『今朝はすみませんでした。あれから考えてみたんですけど、やっぱり近々直接お会いしませんか?』  するとすぐに返信が来た。春輝はその早さに驚いていたけれど、昨日もこんな感じだったよ、と言うと、そうなんだ、と納得していた。 『いえいえ。俺こそ勢いあまって送ってしまったので……。こっちは時間の都合はある程度つくので、そちらの都合の良い日を教えてください』 「どうしよう!?」  冬哉は思わず叫ぶ。驚いた春輝は文面を見て、こっちに合わせてくれるなら、好きな日で良いじゃん、と言った。 「そ、そうなんだけどっ」  何故か冬哉は胸を押さえる。心臓が忙しく動き始めた。どうしてこんなに緊張しているのか分からず、うー、とまた机に突っ伏す。その様子を不思議そうに見ている春輝は、何でそんなに緊張してるんだよ、とため息をついた。 「会いに行くのは友達候補だろ?」 「分かってるよっ。分かってるけど……」  冬哉は頭を抱えた。  ありんこの話は確かに楽しい。そして向こうも冬哉に興味を持ってくれているのが分かる。それが嬉しいし、もっとお互いに深く知りたい、知ってほしいという感情が、先程のメッセージをきっかけに一気に湧いてきてしまったのだ。それはもう、友人としてのレベルでは無く、それ以上の衝動で。 「春輝、どうしよう……」  冬哉はもう一度その言葉を呟く。顔が熱い。 「どうしようって……だから、日にち決めるだけだろ?」 「違うの!」  冬哉は顔を上げると、春輝は驚いた顔をしていた。彼は高校生の時から鈍感で、当時はそこが可愛いと思っていたのだけれど、今は少しイラッとする。 「……ありんこさん、僕の……恋人候補になるかも……」  消え入りそうな声で言うと、春輝はたっぷり六秒は考え、それから大きな声を上げた。 「はぁっ!? 何で!?」 「分かんないよ! 僕の勘!」  冬哉は首を横に振った。春輝はそんな冬哉の様子を見て、彼まで顔を赤くする。  昔から、恋愛に関しては勘が働く冬哉だったが、まさか自分にもそれが適応されるとは、と思わず照れてしまった。メッセージで少し会話をしただけなのに、ふと何かが降りてきたように、ありんこの事が気になって仕方がない。  こんな事、春輝に一目惚れした時以来だ、と冬哉は思う。彼を初めて見た時、やはりえも言われぬ感情が上から降ってきた。少し時間が経って、一目惚れだったんだと後から気付いたくらいだ。  しかし今回はまだ顔も名前も知らない相手だ、そんな相手が気になるなんて、どれだけ恋愛したいんだ、と自分でも呆れる。一目惚れ体質なのかな、とこっそりため息をついた。 「……いつにしよう……?」 「今日は?」 「バイト」  冬哉は自ら天然パーマの髪をぐしゃぐしゃとかき混ぜる。先輩のツテで紹介してもらったバンドのサポートメンバーや、冠婚葬祭での演奏をバイトにしているので、拘束時間はそれなりに長い。 「じゃあ明日だね」 「そーなるよねぇ。じゃ、そうやって返信しとく」  そう言って冬哉は席を立った。そろそろ大学を出ないと、バイトに間に合わない。春輝と別れ、建物を後にする。  外に出ると秋らしい空が広がっていた。まだ気温は高いから過ごしやすいな、と思って自然と笑顔になる。すれ違った女子学生に挨拶されて、笑顔で手を振ると、彼女らは黄色い声を上げて去っていく。 「よし、バイト頑張るぞー」  一つ気合いを入れて、冬哉はバイト先へと向かった。
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