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 それから冬哉は、時間が許す限り秀と連絡を取り、メッセージのやり取りをした。そのやり取りはとても楽しく、また秀も同じだったようで、こんなに楽しいのは初めてだとメッセージが来て、冬哉は舞い上がる。  そして今日、何とデートの約束を取り付けたのだ。  デートと思っているのはもちろん冬哉だけだが、お肌にも悪いしと夜の練習も止めて早めに布団に入り、しっかり寝る、はずだった。  朝方、冬哉は大きく身体を震わせた振動で目が覚める。そのままの体勢で何が起きた? と何故か息を切らしていると、下着が濡れている事に気付いた。 「うそ……」  高校生の時にはよくあった感覚に、冬哉はげんなりして起き上がる。布団は汚していないことを確認して、着替えて汚れた下着とパジャマを洗いに洗面所へ向かった。  実は冬哉は、付き合った人はいるけれど、まだその身体は誰にも触れさせてはいなかった。自分で慰めることもあまりなく、どうしてもフルートを優先してしまい夢精する事が多かったので、寮生活だった高校生時代はちょっとした悩みだったな、と苦笑する。  最近は落ち着いていたのに、と下着を洗っていると、また身体が疼いた。だめだめ、と首を振って長く息を吐くと、少しずつ落ち着いていくのが分かる。  よりによってデートの日に、こんな事にならなくても良いじゃないか、と自分の身体を恨むと、洗い終えた下着とパジャマを洗濯機に放り込み、キッチンに行ってお茶を飲んだ。 (やっぱりそっち方面でも、意識しちゃうよねー……)  はぁ、とため息をつく。冬哉は人に抱きついたり、腕にしがみついたりする事があるけれど、そこには一切の性的なニュアンスはない。それに、そういう話になるとどうしても恥ずかしくなって、一番の友達の春輝とすら、その手の話はした事がない。 (こっちから触る分には良いけど、相手から来られるのは弱いんだよねぇ)  身勝手な言い分だとは思うけれど、最初の彼氏とはそれでケンカになった。ハッとしてまた嫌な事を考えていた、と動き出し、寝室に戻ってクローゼットを開ける。 「さーて、どの服にしようかな……」  どうせ早く起きたなら、しっかり準備をして出掛けよう。冬哉はそう思って、まずはお気に入りの服を並べる。彼の私服は可愛い系のファッションが多く、パステルカラーの物もたくさんある。 「秀くんはどんな感じが好きなんだろ?」  やっぱり女性的な可愛さ? それとも子供的な可愛さ? とあれこれ考えた挙句、秋らしくベージュの長袖シャツにする。ビッグシルエットなので袖が長く、ダボッとした感じが、彼シャツを着た感じを演出できるかなと思った。それならボトムスは細身の方が良いよね、と黒のストレッチジーンズにする。 「……よしっ」  着替えて鏡で確認すると、何か物足りない。そうだ、とクローゼットの中のアクセサリーが入った引き出しを開けると、シルバーのチェーンを通した指輪を出した。しかしそこではた、と気付く。  この指輪が、誰かからの贈り物だと思われたらどうしよう? 「……やっぱりやめよ」  冬哉はそれをそっとしまった。  その後は、朝食を食べて時間までフルートを吹いてから家を出る。小ぶりの肩掛けカバンを掛けて駅まで歩く。  待ち合わせ場所は秀の大学の最寄り駅だ。電車に乗っている間も冬哉はドキドキしていて、この感じ久しぶりだな、と長く息を吐いた。  駅に着くと、改札を出た所に秀はいた。いつかと同じように片手でスマホを持って、それをじっと見ている。今日は何故か紙袋も持っていて、何だろう? と思った。  冬哉は大きく深呼吸を一つして、軽い駆け足で秀の元へ行き、彼の身体に抱きつく。 「秀くんっ、お待たせっ」  抱きつくのは一瞬にして、すぐに離れる。彼の顔を見ると、驚きもせずこちらを見ていた。いきなり抱きついたのに動じないなんて、と冬哉は少し残念に思いながら笑顔を見せると、そんなに待ってない、と静かな声で返ってきた。 「良かったっ。ねぇ、行きたい所ってどこなの?」  歩き出した秀の隣で、冬哉はあえて腕が触れる距離で歩く。しかし彼はやはり無表情で、前を見ているだけだ。 「……公園」 「公園? いいね! 天気も良いし」  お散歩デートかな、と思って冬哉は公園までの道のりを何とか頑張って話を繋ぐ。しかも秀の足は背が高いからか長く、彼の歩調に合わせて冬哉は小走りする感じになっていた。それでも隣を歩けるのが嬉しくて、ニコニコと秀の顔を見つめる。  しかし公園に着いた途端、彼は遊歩道を外れてどんどん茂みに入っていき、冬哉を置いて行ってしまう。そしてある場所に座り込むと、じっと動かなくなってしまった。 「もー、秀くん置いてかないでよぉ……」  追いついた冬哉は秀の大きな背中から彼を覗き込むと、彼は何かの作業をしている。何してるの? と聞くと、蟻を捕まえてる、と返ってきた。 (うーん……マイペース!)  心の中でそう突っ込むと、彼はまた持っていた荷物を出していた。それは薄っぺらい水槽のような容器に、水色のゼリーのような物が入っている。袋の中身はこれだったようだ。 「……なーにそれ?」 「……蟻の巣観察キット」  冬哉は空を仰いだ。行きたい所って、これがしたかったのか、と。自分がいるのに、そっちのけで自分の趣味に走るなんて、とがっかりしていると、秀はその容器を冬哉に差し出した。 「……あげる」 「えっ?」  あげるって、この蟻の巣観察キットを? と反芻していると、彼はキットを入れていた袋を広げてそれを入れ、冬哉に再び差し出す。  まさか、これを渡すためにここに来たいと言ったのか、と冬哉は顔が熱くなった。  何故なら、嬉しいと思ってしまったからだ。 「あ! 蝶々だよ!」  冬哉は照れを誤魔化すためにそう言って、飛んでいる蝶を指差す。彼はそれを見ると、蝶がとまった所を観察していた。 「ツマグロヒョウモンだ」 「へぇ、見ただけで何か分かるんだ、すごいね」  しかし秀は身近にいる虫なら大抵分かる、と冬哉の元へ戻ってくる。 「俺が一番好きなのは蟻だから」  だから冬哉にも見て欲しかった、と言われて、冬哉は心臓が爆発するかと思った。 (名前呼びに、一番好きなものを見て欲しいとか……っ)  照れるのと嬉しいのとで思わず両手で顔を覆うと、どうした? といつもの冷静な声が聞こえる。くしゃみが出そうと言って誤魔化すと、ふう、と息を吐いて手を離した。 「ありがとう、嬉しいよ」  満面の笑みでそう言うと、冬哉はその袋を受け取ろうとする。しかし秀はそれを引いた。 「俺が持つ。良ければ、置く場所も考えたい」  せっかく捕まえても、巣を作らなきゃ意味が無いから、と珍しく饒舌な秀は、本当に他意は無いのだろう。暗に家に行きたいと言われて冬哉は戸惑った。  本当に、蟻の巣を置きに来るだけだよね、と考えていると、返事をしない冬哉を訝しがった秀が顔を覗いてくる。 「あ、うん! いいよ。今から行く?」 「うん」  そう言う秀はやはり感情の読めない顔でいたので、冬哉はこっそりため息をつく。  冬哉の小悪魔作戦も効かないし、それどころか読めない秀の言動で、冬哉が翻弄されている。これは落とすのも大変だ、とまたため息をついた。
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