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ささやかな発見
見附正は今日もため息をついていた。
保育園のお迎え帰りは、いつもこうだ。
3才になった息子の正志が、あっちへフラフラ、こっちへフラフラ。
歩道の縁石があれば、必ず歩かないと気が済まないし、かと思えば、やれ向こうの道を歩きたい、あそこの公園で遊びたい、などとごねてみたり。
とにかく、自宅までまっすぐ帰れたためしがない。
今日も今日とて、電信柱の横にしゃがみこみ、なにかをずうっと眺めている。
……いったい何故なんだ、息子よ。
夕食作って後片付けして、お風呂に入って歯みがきして、息子が寝たら洗濯物をたたんで。
こちらは帰宅後も、やらなきゃいけないことが山積みなのに、キミがそこから動かないから、ただ時間だけが過ぎていく。
ああ、このまま放置して、ひとりで帰ってしまいたい。
もちろん、保護者としての責任を放棄するわけにはいかないから、待って見守り続ける以外の選択肢はないのだが。
これを毎日繰り返されていると、さすがにうんざりしてくるぞ。
もう一度、深いため息をついてから、正は息子の隣にしゃがみこんだ。
「正志、なに見てるんだ?」
「……おはな」
指さす先には、アスファルトから顔をのぞかせる、小さなピンクの花ひとつ。
「きれいで、すごいんだ」
「そうだな。……下がコンクリートなのに、キレイに咲いていてすごいな」
息子の一言が気づかせてくれた。
あれをしなきゃ、これをしなきゃ。
急かされるような毎日を過ごしているうちに、道ばたの花に目を止める余裕すらなくしていた自分に。
「パパ、おうちにかえろ」
「もう、いいのか?」
「うん。ママがかえってくるまえに、ごはんつくるんでしょ?」
……ああ。
いつの間にか、そういうことがわかるくらいに、キミは成長していたんだな。
さしだされた小さな手を握り、正は立ち上がる。
「そうだな。早く帰ってごはんを作ろう。……正志も手伝ってくれるか?」
「うん。いーよー」
手を繋いだふたりは、歩き出す。
なんだか嬉しそうな笑みを浮かべた正志がぽつりとつぶやく。
「あ。……よるのにおいがする」
「……詩人だなあ」
見附正はふと気づく。
かわりばえのしない日常こそ、なにより尊いものなのだと。
道ばたに咲く小さな花。
夜の匂い。
ちょっぴり大きくなった、息子の手の温かさ。
うっかりすると見過ごしてしまいそうな、ささやかな発見が、自分にそれを教えてくれた。
【おわり】
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