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第八話 出会(レイス視点)
そんな日々を送っていたある日。町で評判のいい“占い師がいる”という噂を耳にする。
占いなんて所詮は「科学的根拠もない戯言だ」と非難する者もいるが、将来国の行く末を担う可能性がある俺の身としては、様々な情報が欲しい――。
初めは冷やかしのつもりだった。
しかし意外にも、その占い師は俺の無理難題な質問に、躊躇うことなく至極現実的かつ聡明な意見を述べてきた。
正直……度肝を抜かれてしまった。
奥まで澄んだ美しいアメジスト色の瞳。
細長い、手入れの行き届いた指。
頬を突くような心地のいい声。
名前や年齢、素顔すら分からない。女性としか認識できない彼女に、俺は徐々に引き込まれていった――。
通う回数が増える度、彼女に対する認識が変わっていくのを肌で感じる。
会いたい。
ただそれだけで訪問する方が多くなった。この感覚を人は“恋”と呼ぶのだろう。俺にとってはまさに初恋だ。
だが、俺は頭を悩ませた。アイシャという婚約者がいながら、俺の向いている方向は全く別の女性だったから。
このままで本当にいいのだろうか。
政略結婚とはいえ、将来は子供を授からなければならない。無論、アイシャに不満があるわけではない。むしろ問題は俺の方だ。
この気持ちをどう処理していいか迷宮入りした俺は、この話を“誰に聞いて欲しいか”と自問してみた。
自然と浮かび上がったのは……やはり彼女だった――。
突然、突拍子もないことを尋ねられた彼女は動揺したであろう。彼女はそういう時、瞬きが普段より多くなる。
やはり、返された言葉は「もっと慎重になるべき」という彼女らしい賢明なものだった。だが、盲目と化した俺の気持ちは歯止めが効かなくなっていた。
その場で想いを打ち明けたい衝動にも駆られたが、さすがにそれは心の奥に押し込んで日を改めることにした――。
呼び出した先にいたアイシャは、そよ風に髪を靡かせる美しい後ろ姿で待っていた。
事前に両親には、アイシャと婚約を解消する旨は伝えておいた。
理由は「他に好きな女性が出来てしまった。相手に気持ちを伝えるまで、その女性のことは探らないでくれ」と、自分でも勝手が過ぎる内容だったと思う。それを父君は。
「政略結婚ではあるが、最終的な意思決定は当事者に委ねられる。お前が悩んで出した答えなら……私達はそれを受け入れるしかあるまい」
と残念そうに天井を仰いだ。
申し訳ない気持ちで胸が引きちぎれそうになったが、その後「アイシャに非は全くない。彼女への非道なお咎めを回避するよう、エルマーレ卿に口添えして欲しい」と懇願した――。
婚約解消を告げると、アイシャはおもむろに涙を流し始めた。
初めて見る彼女の感情表現には驚いたが、ある日聞いたオリヴィアの言葉が脳裏をよぎった。
『女は状況によって小賢しく“涙”を武器にすることもありますわ。お気を付けて――』
アイシャはエルマーレ家の命運を握る立場にあり、俺との婚約が破談となれば、大変なことになると思っているはず。それ相応の処分をされるのは免れないと。
問題はアイシャが俺を“好いているのか”どうかだが、オリヴィアから聞いた女性の特徴を彼女に当てはめてみると、どう考えても俺に興味はなさそうだ。
彼女の涙は、残酷だが“保身的な演技の可能性が高い”と判断した――。
カーネーションの花束を握る手に力が入る。彼女が好きな『赤い』カーネーション。色と送る本数で伝える意味が違うと教えられた俺は四十本用意した。
赤は『熱烈な愛』。
四十本は『永遠の愛を誓う』。
教わった本人に渡すのだから、間違いなく伝わるだろう。
小屋の前に立ち、深呼吸してからドアノブに手をかけた――その瞬間、俺が開ける前に内側から誰かがドアノブを下げた。
いる!
即座に歓喜した俺だったが、もしかしたら彼女の客かも知れないと思い、一歩下がって待ち構えた。
ところが……目の前に現れたのは掃除用具を持った女性で、よく見るとエルマーレ家の侍女長だった――。
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