愛すべき我が子へ

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 美里は大学に入学してから、六畳一間(ひとま)の古いアパートを借りて暮らしているらしい。その家賃すら、身を粉にして捻出していると言う。当然すぐに解約させ、引っ越し業者を手配して荷物を全てここに持って来させた。  その日から僕は父親となり、娘と二人暮らし。  (はた)から見たらかなり異常だと、自分でも思う。まぁそれを指摘する友人すら僕にはいないのだが、周りの目なんて気にならなかった。自分の人生に絶望していた毎日が、再び輝きを取り戻したから。  食事や買い物、時には家事を一緒にしながら、空白だった時間を少しずつ埋めていく。美里が生きてきた時間、僕が里恵と過ごした時間、そして他愛も無い世間話まで──僕らの会話が尽きることは無い。  思春期の女の子は「お父さんと同じ洗濯機で洗わないで!」なんて言い出すとよく聞くが、美里はそんな年齢をもう越えてしまったみたいだ。何事も無いように一緒に洗っている。世のお父さん達は頭を抱えると思うが、僕は一回くらいそんなセリフを聞いてみたかった。  今まで娘にしてやれなかったことを、少しずつ返していこう。そう思って、毎日を大切にしながら生き始めた。    *  充実した日々は過ぎ去るのもあっという間だ。月日が流れ、大学四年生になった美里は──就職活動で第一志望の会社から内定を貰った。  自分のことにように嬉しかった。これから先、僕の愛娘はまだ見ぬ世界をどんどん知っていく。僕のように壮絶な人生は送ってほしくないが……楽しいことやつらいことも、たくさん経験してほしいと心から思う。この二年で、いつの間にか親心のようなものが芽生えていたことに、自分でも少し驚いた。  ちなみに会社での配属の都合で、美里はこの家から遠い場所での勤務になった。せっかくもっと一緒に暮らしていけると思ったが……こればかりは仕方が無いと自分に言い聞かせる。子離れできていないと思われるのは、ちょっぴりかっこ悪いから。  冬を越え、桜が咲き始めた頃。  再び手配した引っ越し業者が、美里の荷物を家から運び出す。「別れが惜しくなるから」と美里からは見送りを拒まれてしまったけど……別に赤の他人になるわけじゃない。愛すべき娘と父親という関係は、これからも続いていくのだから。  一通りで作業が終わったところで、すっきりした美里の部屋を眺めてみる。何だか長かったようであっという間だったなぁと、過ごした時間の余韻を感じていた。  それにしても思ったより荷物持って行ったな──。  そう思った時、部屋の窓際に一通の封筒が置かれていることに気付く。殺風景になった部屋の中を進み、それを手に取ると……宛名に書かれた『真悟さんへ』という文字にドキッとした。  お父さんではなく、真悟さん。  その違和感を残したまま、中に入った手紙を取り出す。すると、書き出しから衝撃的な一文が目に飛び込んできた。 『私は真悟さんの娘ではありません。』
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