降って湧いた縁談話

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「海、空、『運び』も安定しない若輩者の分際で、師匠である父に意見するとは何事だ。そんなに元気があり余っとるなら、稽古をつけてあげるから、稽古場に来なさい」  決して声を荒げず静かに放たれた低い声音だが、威厳と威圧感がある。  耳にした瞬間、ピンッと背筋が伸びる心地がする。  さすがは人間国宝。  もうすぐ齢七十を迎えようとしているとは思えないほど矍鑠としている。  先ほどまで威勢の良かった従兄二人が揃ってカッチーンと硬直し微動だにできずにいるほどだ。  ちなみに「運び」というのは、すり足で歩みを進める、基本とされる動作である。それだけに、その日の体調や心の乱れが如実に表れてしまうらしい。  普段は温厚な晴臣ではあるが、稽古事になると話は別だ。  祖父同様、厳しい顔つきで淡々と言い放つ。 「海、空、そういうことだから、早く師匠に稽古をつけてもらいなさい」  そんな晴臣も未だに祖父には頭が上がらない。  芸事の世界は厳しいのである。
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